FC2ブログ

銀の働き部屋

管理人銀河の、日記兼テキストサイトです。取り扱うジャンルは主にヤングガンガン連載のWORKING!!になると思います。最近は東方の霖之助小説を書くのにも夢中。どうかよろしくお願いします。リンクはフリーです。感想は常に受付中です!もらえたら泣いて喜びます

小説大賞落選作品(ぇ  ひぐらし小説『Regain the cool!:涼しさを取り戻せ!』


 
 さて、小説です。
 タイトルは、『Regain the cool!:涼しさを取り戻せ!』です。部活メンバーオールキャラ出演。ジャンルはギャグ。
 文字数が投稿に合わせたためかなり多いです。何回かに分けて読むことをオススメします。まあ、ギャグなのでまだ良かったですね。シリアスなんか書いたあかつきにゃあ見にくくてしょうがないですから。
 というわけで、続きからでどうぞ。











「圭ちゃん…確かにアンタは言ったよね」

 蝉達が、まるで自分はここにいるんだ!と叫んでいるが如く鳴き続けている古手神社の賽銭箱前。そこに、雛見沢分校部活メンバーは全員集結していた。
 魅音は境内入口に仁王立ちし、その顔には邪悪な笑みが浮かんでいる。視線の先には、圭一が後悔しているかのような表情で立ち尽くしていた。その顔には、暑さのせいだけではないだろう、凄まじい量の汗が浮かんでいる。

「いや、言ったけどさ…これは極端じゃ」

「言ったよね?『蝉が鳴いてるとますます暑く感じちまうなあ』って!」

 魅音の気合の入りすぎな、殆ど叫びに近い声を聞いて圭一は体を震わせた。ちなみに、本日の雛見沢の気温は軽く三十度を越している。夏の日差しの中、尋問紛いの問いかけを聞いている圭一の体感温度は何度になるか分からない。ああ、前いた学校の朝会が懐かしいぜ…。圭一は現実逃避気味にそう思っていた。
 そんな可哀想の一言以外で言い表すのが難しい圭一を見て、他の部活メンバーは笑っていた。馬鹿にするような笑いではない。ただただ愉快そうな笑顔だ。純粋な笑顔とは恐ろしいものである。

「可哀想な圭ちゃん!ならば!部活を仕切る私が圭ちゃんにできることってなんだろうなんでしょうどうでしょう!」

 魅音はとにかくご機嫌だ。それは、みんなが暑さのあまり何もやる気が起きず、どんな部活をするかもろくに決められなかったところに、圭一の先ほどの独り言が魅音の耳に飛びこんだからに他ならない。その言葉は、本日の部活内容を一瞬で決めさせ、それは魅音にとって盛り上がる部活に違いないと確信させるものだったのだ。運が悪いことに。

「そんなものは決まっている!!」

 決まってはいないと思うのだが…と言いかけた圭一だったが、これ以上面倒なことになるのは御免と、言葉を胸の中に優しく閉じ込めた。出てくるな頼むから。

「この雛見沢に存在する、ありとあらゆる蝉を捕獲することによって、少しでもこの雛見沢に涼しさを取り戻すことではないだろうか諸君!」

 どこの独立国総帥だと言わんばかりの演説に、圭一以外の部活メンバーが「おー!」と高らかに拳を突き上げた。それにしてもこいつらノリノリである。そもそもお前らは暑くないのであろうか、いや、そんなはずは無い(反語)。

「いや、俺的には川に泳ぎにでも行けば一発だと…」

「つまんない」

 圭一の瞳から涙を一滴垂らすのには十分な、冷徹な瞳と辛辣な言葉を圭一にプレゼントしてから、魅音は演説に復帰する。圭一は、あ、泣いてる。可哀想に。想像以上に泣いてる。

「よってここに!雛見沢分校部活メンバーによる!ドキッ!女だらけの蝉捕り大競争の開催を宣言します!!」

『おー!』

 圭一以外のメンバーが高らかに拳を突き上げたのを見て、しぶしぶと圭一もゆっくりと拳を上げた。
 圭一はどのような目に合うのか。それは、皆を照らしている太陽だけが知っている。



 開催されたものは仕方がない。
 圭一はそう思いながら、溜息混じりに圭一の自宅から最も近い山道へと向かって歩いていた。その手に支給された大きめのアミを持ち、同じく支給された虫かごを反対の手に持ちながら。
 当然、歩いている間にも地獄のような熱光線は圭一の頭を焦がさんとばかりに空から降り注いでいる。本当に今は6月なのかと不安になるほどの日光だ。確実に頭皮にいい影響は与えないだろう。できれば麦わら帽子が欲しいです。
 今回の魅音企画の蝉取り大会のルールは、簡単に説明すると次のような物だった。

1・蝉の捕獲場所は自由
2・他人の蝉を奪うことは禁止とする
3・道具の使用は自由
4・十六時の時点で何匹取ったかのみを勝敗の基準とする
5・ビリだった者は全員から一つずつ罰ゲームを言い渡されそれを実行しなければならない
 主なルールは以上。

「へへ…!大型企画だけあって罰ゲームもそれなりの重さだな。でも、勝利するのは俺様だあ!」

 自信満々に叫びながら、普通に山へと歩いていく圭一である。言っていることも行動も普通である。一分間の進行距離およそ百m。その間に体から流れ出る汗一デシリットル。溢れる男の浪漫オーラテラバイト。バイト?
 ちなみに、雛見沢に最近越してきた上に、以前住んでいた町でもそこまで外で活発に遊んでいたわけではない圭一に、蝉捕りの経験なんてあるはずもない。捕まえたことがあるのは、せいぜい小学校の夏休みに自由研究で使ったアリぐらいだ。三十一日には一匹残らず力尽きました。
 しかし、圭一には…部活を始めて数日という短い期間で、魅音達に奇策を用いて勝利した程の適応力。そして、魅音達(主に魅音)とは桁違いの頭脳がある。部活メンバーの猛者同士の駆け引きなら、未だに元々の部活メンバーに安定した勝利を得ることのできない圭一であるが、今回の勝負の相手は蝉。更に他人の蝉を奪うのは禁止という圭一にとって非常にありがた~いルールがある。
 汗を顔面から噴き出しながらも、圭一は小さく腕を握った。それは、圭一が今持っている自信の表れだった。小さいけど。

「これなら負けねえ…!負ける気がしねえぞ!」

 自宅付近の山を目指しているのに大きな理由は無い。ただ、そこならば、とりあえず誰も虫を捕獲しようとは考えず、無駄な口論などの騒動が起こる可能性が少ないだろうというだけのことである。用は、トラブル防止の最も無難な作戦ということだ。いくら他人の蝉を奪い取るのが禁止というルールが存在していたとしても、そのルールを他のメンバーが守る保証などないということは、今までの部活経験から圭一がよく理解していることだ。
 大きな理由が無いとはいえ、圭一が自宅で過ごしていて、蝉の鳴き声を認識しなかった日は無い。つまり、いないことはないということだ。ザ・曖昧。いや、ジ・曖昧。

「よっしゃあ!最低十匹は捕まえてあいつらの度肝を抜いてやるぜ!そして罰ゲームで、梨花ちゃんは猫耳スクール水着!沙都子はブラコンメイド!レナは…………!(自主規制の為沈黙をもって代用します)魅音は『こんなのでは足りん!』(自主規制の為昨日の圭一の父の昼寝の際の寝言で代用します)なことにしてやるぜ!ヒャッハッハア!」

 町中でこのような笑い方をしたら通報されるのではないかというほどの怪しい笑い声で圭一は歩き続ける。時速六キロメートルで。
 煩悩パワーは暑さをも越えるか。多分、無理だと思う。(部活メンバー談)

 その頃、沙都子と梨花は…

「これで、罠の設置は全て完了ですわ!」

「これで私達の勝利は間違いなしなのです~。にぱ~☆」

 沙都子は高らかに笑い、その横で梨花は癒されない者などいるであろうか、いやいない(反語)と言いたくなるほどの笑顔を浮かべていた。
 ちなみに、今回の虫捕り競争は梨花の泣き落とし作戦により、沙都子と梨花の二人で一チームというルールになった。これは泣き落としだけが決定の理由ではなく、背も低く蝉を捕獲するのには不利だという最もな理由があったからでもある。
 二人が蝉捕りの拠点としたのは、沙都子ご自慢のトラップが大量に置かれていることでも有名な裏山である。この裏山は、単純に生息している蝉の数はこの付近で一番多いだろう。山が相当大きいための数の多さであるが、それを考えなくても十分なほどの蝉が生息している。蝉密度ベスト3には入る。なんだそれ。
 もちろん、沙都子がトラップを制作する際に木に止まっている蝉を数え切れないほど発見しているのだ。間違い無く、蝉捕りにはもってこいの場所である。
 沙都子と梨花の作戦はこうだ。沙都子がまず対蝉用のトラップを多数設置する。それにかかった蝉を捕獲する。終わり。作戦はこうだ、とかのくくりいらなかった。
 ちなみにどのような罠かというと、一つは、蝉が飛行することの多い高さに無数の紐を仕掛け、その紐に蝉が触れると薄い板が上から勢いよく叩きつけられ、蝉を気絶させる程度の衝撃を与えるという物だ。更に、蝉が掛かった場合は缶が音を鳴らすようにも作られている。それを間隔を大きく空けて五箇所ほどに設置している。魅音とレナの底力を考えるとこれでも不安なほどではあるが、とりあえず今はこの数が限界だった。
 二つめは、沙都子が蝉を見たことがあるという木に蝉が止まった瞬間に厚紙で作られた箱がその蝉を包みこむという罠だ。これはそこまで複雑な罠でもないために十個ほど設置している。数は多いが、蝉が警戒して木に止まらなくなる可能性も高いため安心はできない。
 ちなみに、この二つの罠の対人用バージョンももちろんこの裏山には設置されているのだが、まあそれは別のお話で。鳳部隊辺りがその効果を確かめてくれると思います。
 とにかく、上手く全部にかかってくれればそれだけで十五匹もの蝉を捕獲できる計算である。足し算である。暗算である。
 二人は、優勝こそ難しいが圭一に勝つには十分な数であると、この時点で考えていた。つまりこれは必勝法ではない。ビリだけにはならない、防御の術といえよう。優勝した者に利点の無い今回のルールでは、この作戦こそが最も確実に罰ゲームを逃れる方法であるのだ。正直、ここまで考えるような小学生低学年は嫌だ。

「私達の勝利は間違いないですわー!」

「きっと最下位は圭一なのです。今の内に圭一にさせる罰ゲームを考えておくのですよー」

「そうですわねえ。圭一さんのことですから、きっと私をブラコンメイド姿に、梨花を猫耳スクール水着姿にするとかいやらしいことを企んでいるに違いありませんわ」
 悲しいくらいに読まれてる圭一。罰ゲームの指示を読まれるというのもかなり屈辱的な物である。

「みー。じゃあ、圭一が圭一のお父さんに『父さん、俺、何か体が熱いんだ…』って顔を赤らめながら言うのが面白いと思うのです」

「梨花。その笑顔の中に一体どんな腐った女子が住んでいるのでございますの…?」

 若干梨花の発言に沙都子が引いていると、遠くだが、確かに缶が激しくなる音がした。何か虫が掛かった知らせである。

「早速ですわー!梨花、行きましょう」

「はいなのですー。…え?何よ、今は…」

 笑顔で返事をした梨花だったが、急にぶつぶつと何かを言い始める。独り言というよりは、まるで誰かに話しかけているようだ。

「どうかしましたの?梨花?」

「みー。何でもないのです。あっちの方でも缶の音が鳴ったのです。私が見てくるのです」

「え?…気付かなかったですわ。じゃあ、お願いしますわ」

「みー」

 梨花の返事を聞いてから、沙都子は駆け出した。
 そして梨花は、沙都子が見えなくなったことを確認すると、特に行く理由も無いのだが、仕方が無いので自分で指を指した方向へと歩き始める。

「何よ羽入。急に」

 先ほどまでの穏やかで可愛らしい話し方から一転。梨花の声は鋭く、威圧的な話し方へと変貌した。この姿こそ、古手梨花という人間…いや、魔女の真の姿である。見た目には変化が無いのに、いや、だからこそこの梨花の姿はより異形なものに見えてしまう。
 蝉の鳴き声が響き続ける山の中。他人から見れば、まるで山その物に話しかけているようにも見える。
 しかし違う。梨花は、はっきりと、梨花にしか見えない「そこにいる存在」に話しかけていた。

『あう~。私もお手伝いするのです!』

 気付けば、梨花の目の前には人がいた。いや、最初からそこにいたのだ。ただ、その姿は百年の魔女と呼ばれる梨花にしか視認することができないだけなのである。

「何よ?珍しいわね?」

『だって、この部活は今までの雛見沢には無かったのです!それだけで嬉しいのです!』

「…確かにね」
 羽入が嬉しそうに言うのを聞いて、梨花の顔にも笑顔が浮かぶ。もっとも、その笑顔は沙都子と話す時に浮かべる笑顔とは全く違う物ではあるのだが。しかし、ある意味最も自然な笑みでもある。その笑顔を見て、羽入が更に幸せそうに笑みを浮かべた。

「で、あんたに何ができるの?」

 場も和やかになった所で梨花が聞く。

『ふふふ梨花。私は何をかくそうオヤシロ様なのですよ?』

「うん。…いや、知ってるけど、それで?」

『当然、蝉の言葉を理解して、話すことなど朝飯前なのですよ!』

「そ、それが朝飯前だとすると相当できる事多そうなんだけど。知らなかったわ」

『だから、蝉さんに話しかけて今日一日だけ虫かごの中に入ってもらうことなんて、シュークリームを十個たいらげることよりも簡単なのですよ!』

「なるほどね…。…食うのは私なんだけど?」

『じゃあ早速やるのです!私達が一番だったら圭一にシュークリーム百個買ってもらうのです!』

「食うのは私なんだけど?」

 梨花の言葉にも聞き耳持たずと、羽入は山の奥へと少し歩いていく。具体的に聞こえすぎる梨花の舌打ちをも無視しているのか本当に聞こえていないのか分からぬほど進む。
 そして、梨花の視界になんとか写っている、程度の奥まで進んでいくと、手を広げて何かを話し始めた。もちろん、何を言っているのかまでは梨花には聞こえない。

 以下、梨花の視界に写る羽入の様子。
 手の動きが激しい。相当必死に頼んでいるようだ。
 お、拳を握り締めた。多分『~そして!シュークリームを私に!』と言ったであろうことは梨花には容易に想像できた。根本的に駄目だなあの神様。
 あ…動きが、何やらあたふたした落ち着きの無い物へと変わる。頭を抱えてしゃがみこんだ。蝉がこの距離からでも視認できるほどに羽入の周りを飛び回っている…。うわっ、こっち来た。こっち来た!

『梨花ぁ~!助けてなのです~!』

 泣きながらこちらへと全力で走ってくる羽入。当然、その周りには無数の蝉が怒り狂いながら飛び回っている。B級ホラー映画並の衝撃映像である。

「って何で来るのよ!蝉が、蝉…きゃああああああ!!」

 数え切れないほどの蝉に、一人と一仏(?)はいつまでも追われ続けた。



 沙都子はというと。

「…う、動きませんかしら」

 罠には、確かに蝉がひっかかっていた。その証拠に、板は地面に落ちているし、何秒と探さずに気絶していると思われる蝉の姿も近くに見つかった。
 だが、沙都子は考えていなかった。

「大丈夫ですわよね…」

 沙都子が、気絶した蝉にそおっと手を伸ばす…が、
 ブブブブブブブブブブッ!

「きゃあっ!」

 蝉が、決して飛び上がらずにその場で羽ばたきを始め、地面を激しく動き回る。
 その…一見グロテスクに見えなくもない蝉の必死な姿に、沙都子は小さな悲鳴をあげた。そして、その場には再び静寂が。
 沙都子は、考えていなかった。
 どう、蝉を虫かごに入れるかを。

 彼女はただそこに立っていた。
 その目に、まともに見た者には畏怖の感情すら湧きあがらせるほどの強く、大きい感情を秘め。どこか高貴な印象をも感じるが、どこか近づき難く、その行動すら考えさせないような威風を備え。
 彼女が訪れるまではうるさく鳴いていた蝉の声は、気付けば殆ど聞こえなくなっている。
 蝉が、鳴くことを恐れているのだ。鳴けば、自分を示せば…「捕」られる。蝉が抱いた、確かな恐怖。地上に出て恐らく初めて味わったであろう『恐怖』という感情だ。
 夏でありながら、その場には凍土の如く冷え切った空気が漂っている。それは、一見小柄であり、可憐であり、清楚なこの少女から発せられるものに間違いない。
 彼女…竜宮レナは、その手に持つ『凶器』を胸の前まで運ぶ。山の音が、ますます静寂に近づいていく。
 蝉だけではない。この山に生きとし生ける者全てが声を失う。動くこと、いや、生命反応その物をかき消そうとやっきになっている。

「蝉さーん。かぁいいかぁいい蝉さーん。どこにいるのかな?かな?」

 部活でいつも話す…レナ節で、レナは山の道を静かに…一歩一歩確実に進んでいく。「凶器」は胸の前にかざしたまま、示したままに。

「恐がらなくても大丈夫だよー?圭一君やみぃちゃんは蝉さんを全部捕まえて涼しさを取り戻そうとしてるけど、私はただ、かぁいいかぁいいってなでてあげるだけなんだよ?蝉さんと、いっぱいいっぱぁ~い遊びたいだけなんだよ?」

 レナが浮かべている表情は、確かに笑顔その物だ。しかし、部活メンバーではない、そもそも人間ですらない蝉にだって、その笑顔の裏の心理を全く読めないということは無かった。雛見沢の蝉は、少し…ほんの少しは利口であった。

「…蝉さん、いないのかな?返事、してくれないのかな?かな?」

 しかし、やはり蝉は蝉であった。浅はかであった。
 蝉は思った。このまま静かにしていれば、私達は助かるはずだ、と。
 当然のように、蝉は沈黙を保った。生きるために。少ない命を有効に使いたいという、当然の願望のために。
 だが…それではまだ足りない。何が足りないか?
 この場で生き残るための知恵。知恵を見つけるべきの思考。思考する上で必要な経験。もっとも、地中から抜け出してまだ数日しか経っていない蝉に経験を求めるのは酷というものであるが…
 しかし、何より足りないのは…『生』への執念!
 山の合い間を…風が、吹き抜けた。

「嘘だっっっ!」

 レナが狂気の笑みを浮かべ、「凶器」を振るう。その動きは、部活メンバーにとってはお馴染みであり、恐怖の対象その物である「レナぱん」の動きと同等、もしくはそれ以上だった。
 凶器…『アミ』が木々の間に白い残像を残しながら激しく、だがむやみやたらではない、静寂を保ち続けた蝉が見せた確かな動揺を探るかのように、レナ自身も動き山の木々の間を脅威が駆け抜けていく。全神経をこの一瞬に駆け巡らせる。リアルタイムで全ての筋肉に最善の指示を伝えていく。その姿は、「音速のレナ」の名に全く恥じることの無い見事な動きであった。
 僅か数秒の出来事であったと思う。十数メートルを一瞬で駆け抜けたレナが足を止める。その直後、アミを入口を塞ぐように地面に叩き付ける。
 その中で、黒い塊が無数に飛び交っている。ここから出せという怒りだろうか。助けてくれという懇願であろうか。何故こんなことを、という厳しい問いかけだろうか?
 しかし、そう問いかけられても…今回のことは、こう答えるしか無いのだ。それしか、答えが無いのだ。
 お前らの前に現われた人間、それが…竜宮レナだったからだ。と。
 レナはアミの入口を手でしっかりと塞ぎながら目の前に運んでいき、その蝉の姿をじいっと眺める。その顔には…これほどのものは無いと思うほどの至福の表情が浮かんでいる。

「蝉さんいっぱい取れたよ~!かぁいいねえ~!おっ持ちかえりぃ~!」

 山の中には、レナの声かひぐらしの鳴き声かは分からないが、この後「カナカナカナカナ…」という何かしらの鳴き声が響き続けたという。
 この事件から一週間後、この山で蝉の姿を見る者はいなかった。

「みんな頑張ってるかな~?」

 今回の部活の発案者である魅音は、村が一望できる山の中腹で嬉しそうにそう言った。
 この山は園崎家が管理しているもの…とはいっても、この雛見沢の土地の大部分は園崎家の物であるのだが…、魅音はその山を狩り場とすることにした。
 沙都子にとって裏山が庭ならば、魅音にとってはこの山が庭である。
 子どもの頃から何回も訪れ、この山で様々な遊びや冒険を繰り返してきた。もちろんその中には、蝉捕りなどの昆虫採集も多く含まれている。当然、どの辺りが蝉が多く出現するのかなども殆ど把握しきっている。だから魅音は、このゲームの勝敗で影響を受ける人物をビリだけに絞ったのである。一位に特典を付けてしまったら、この部活は明らかにフェアと呼べるものではなくなってしまうからだ。それは、魅音にとっても非常に望ましいものではない。
 魅音はずっと考えていた。ビリに何をさせようかと。

「ビリは誰かなあ…?経験値の少なさからいって、やっぱり圭ちゃんかな?圭ちゃんは我が部活メンバーで一番罰ゲームが似合う人だよねえ~」

 何だかとても名誉なのか不名誉なのか分からないことを言われる圭一。多分不名誉。君に幸あれ。

「女装系も圭ちゃんには似合うからいいにはいいんだけど…最近少しマンネリ気味なんだよねえ。何か一風変わった罰ゲーム…」

 魅音は拳を口に当てながら罰ゲームを考える。
 視界の端に、蝉が映った。魅音は考える仕草は中断せずに、空いている手で腰のホルダーに差しておいた対蝉用に調整した強力水鉄砲を素早く取り出し、空中を飛ぶ蝉を正確に打ち抜いた。
 蝉にとっては、文字通り鉄砲水のような勢いであろう水鉄砲の一撃によって蝉は落下。その下に魅音は虫かごを素早く運ぶ。蝉は真っ直ぐに虫かごの中へと落ちていった。

「真夏の空の下知恵先生調理の激辛カレー完食ってのもなかなか面白そう。川で一人シンクロナイズドスイミングとかもいいねえ」

 また、一匹の蝉が魅音の目の前を横切った。
 しかし、魅音は自分の顔の前を通り過ぎる前にその蝉を掴み取った。その拳を視認できるのは一流のボクサーか…もしくは肝心な時に『生』への行動を取ることができる兵(つわもの)か。羽を動かす余裕もないほど、しかし、苦しめないような絶妙な力加減で。そのまま、虫かごに蝉を運んだ。

「部活メンバー全員が爆笑するまで一発ギャグをやり続けるとか。あはっ、いいかも!」

 魅音の耳に蝉の羽撃きの音が届き、音に向かい正確に、金魚掬い用の小さなアミを残像が起こるほどのスピードで振るう。蝉は確かにその中へと収められていた。それも、虫かごへ。

「…私とデート、とか?って、そんなのできるわけないじゃん!やだな~私ったら!」

 やや遠方にまた蝉の姿が。その蝉に、水鉄砲をまず一撃。そして、気絶して落下する蝉に更に一発。すると、蝉は衝撃によって落下の軌道を変え、魅音が構えていた虫かごの中へとかさっと音をたてながら飛び込んでいった。

「ま、まあ何にせよ…」

 ほんのりと頬を染めながら、魅音は立ち止まった。
 そこは、日の光もあまり感じられないほど木々が密集した場所で、当然のように蝉の鳴き声が耳障りな程に響き渡っている。
 しかし、この五月蝿さを感じる魅音の心は昂ぶるばかりだ。
 そして、彼女は確信するのだ。
 「やっぱり、私が一番なんだ」、と。
 血が滾る。蝉が私を捕まえてと叫んでいる。そのような幻聴さえも感じられるほど、魅音は昂ぶっていた。
 魅音は強い。何故ならば、誇りがあるからだ。
 更に言うならば、楽しむという思考を常に忘れないからだ。最も身近にある、人間の精神を昂ぶらせる無限大ともいえるエネルギーを持つその思考を。

「園崎家次期頭首、園崎魅音…」

 魅音は、腕を交差させながら二丁の水鉄砲を構え、邪悪な笑みを浮かべ言い放った。

「例え相手が虫であろうと、手加減はしないよ」

 その瞬間、山の喧騒が静まったような気がした。
 魅音は舞う。右手に園崎家の誇りを。左手に雛見沢分校部活部長の肩書きをしかと握り締めながら。

 
 どうでもいいことだが。
 竜宮レナ。そして、園崎魅音。
 全てにおいて、桁違いである。




「いやー…」

 前原圭一は、古手神社への道をただただ歩いていた。相変わらずの時速六キロメートル…いや、今は五キロメートルほどで。
 行きはあれほど圭一の体を積年の恨みとばかりに照りつけていた…いや、焼いていた?太陽も勢いを失くし、あと一時間ほどでこの雛見沢に広がる山の中へと沈んでいくことだろう。
 それでも、圭一の体から汗を噴出させるには十分なほどの熱気が太陽から発せられている。圭一の顔はもちろん、髪の毛、着ている服までもがびしょ濡れである。服は余裕で汗を搾ることができるだろう。
 しかし、まさか本当に蝉が全滅したわけではないのだろうが、数時間前にはあれほど鬱陶しいと感じていた蝉の鳴き声は、あまり聞き取ることができなかった。圭一は、それが慣れによるものなのか、魅音達が何かやらかしたか…と冗談交じりに考えていた。
 蝉は捕まらず、体中汗まみれにも関わらず、圭一の顔には笑顔が浮かんでいる。太陽すら怯むほどの清々しい爽やかな笑顔だ。
 そして、圭一は呟いた。

「散々だったな」

 笑顔が一気に憔悴しきった顔へと変化する。太陽の光が一気に元気になった気がする。この顔は…ああ、あれだ。甲子園の一回戦で大量得点差で敗退した高校のエースピッチャーのような、色んなどうしようも無い感情がこもった顔だ。一言で言うならば…絶望?一文字で言うならば、無だ。

「所詮…都会育ちだもん。仕方がないよ。蝉なんて、家の中に吊るしてたハエ取り紙に引っかかって尋常じゃないほどに羽動かして子どもだった俺が泣いている記憶しかないし」

 何故か自分をひたすらに卑下しながら一人言い訳を開始する圭一。確実にクラスだと鬱陶しがられるタイプ。十年後の同窓会で故意ではなく天然で呼ばれ忘れ、会場でいないなあということに皆が気付きながらも、「まあ、あいつだし、いいか」みたいな感じにまとめられるタイプ。

「それでも…なんとか三匹か」

 圭一は、自分の虫かごを目の前へと運び、プラスチック製の透明な窓からその中を覗き込んだ。そこには、確かな黒い塊が飛ぶことにも疲れたのかじっと箱の底で圭一を見つめていた。
 そもそも、どう蝉に触ればいいのかもよく分からずに、その途中で逃してしまった蝉もかなり多い。飛び際に小便をひっかけられながら。
 しかし、自分でしっかりと捕まえたこの蝉を見ていると、圭一はどこか顔が緩んだ。やはり人間は、自分の努力で得た物を見るとどうしようもなく嬉しいものである。

 蝉の小便が一%ほど含まれているかもしれない額を手で拭い、圭一はいつの間にか辿り着いていた古手神社への階段を登り始めた。

「…これじゃあ魅音には絶対に勝てそうに無いな…。でも、梨花ちゃんと沙都子ペアには勝てる望みがあるだろう」

 軽く笑いながら階段を昇り続ける。この神社からかなり遠い山への道を往復し、更に山の中でも相当な距離を歩き回ったため足に疲れがかなり溜まっているのが感じられた。
 その疲れを感じて、圭一は思わず笑みを浮かべてしまった。

「…やっぱ、最高に生き生きしてるよな、俺」

 こんな疲労感、服に汗が染み込み肌にべたべたと纏わりつくこの感覚は、雛見沢に来る前の圭一が経験したことの無い物だ。不快なはずなのに、どこか開放的な気分になれる。自分がやりたいことすらもまともに考えられなかった圭一の人生が、この雛見沢で大きく変化した。やりたいことは、魅音達が押し付けてくれる。その押し付けに、圭一も全力で答えられる。
 この感覚は、雛見沢に来てからは何回も感じ取ったことがあるものだが、何回味わっても飽きることの無い、間違いの無い幸せだ。
 まあ、その幸せ以上にこれ以上の無いほどの辱めを受けたり色んな絶望を梨花が人生を繰り返す度に味わったりもしたのだが、空気が読めないことはこれ以上言わないことにしましょう。
 とにもかくにも、圭一は雛見沢での生活を最高にエンジョイしていると感じたのだ。完結。

「あれ、俺が最後かよ?」

 圭一が階段を登りきると、古手神社境内の前に圭一以外の部活メンバーが集結していた。
 レナは圭一を見つけ笑顔で手を振り、沙都子は何か悔しいことでもあったのか気難しそうに佇み、梨花はよほど歩き回ったのか普段見れないような…老けた?形相で息切れを起こしていた。ちなみに、誰にも見ることはできないが、その後ろでは何かを食べさせられたのか口を開きひいひいと息を吐く羽入の姿もある。今回の企画の主催者である魅音は…

「遅かったねえ、圭ちゃん」

 その胸に刻むは、自信の二文字!と言わんばかりの仁王立ちで賽銭箱の前で圭一を待ち受けていた。
 圭一はその魅音の様子を見て、自分の予想が間違いで無かったという残念な確信を持ったが、情けない姿は見せられないと堂々と四人の下へと歩いていった。

「時間には間に合ってるだろ?」

 不適な笑みを浮かべながら言う。自慢の技カラ元気。

「もちろん。さあ、全員揃ったことだし結果発表としゃれ込みましょうか!」

 中年オヤジのような口調で言うと、全員が虫かごを取り出して自分の足元へ置いた。
 しかし圭一は、蝉の少なさを悟られたくないために虫かごを背中に隠したままだ。

「おお?圭ちゃん、どういうこと?」

「ふふふ、みんなの結果を聞いてからで俺はいいんだよ」

 もちろん圭一の考えは、他のメンバーの記録が想像以上に少なかった場合は最後に「まあ、みんなそんなもんだよなあ」と言いながらさりげなく発表し、数の少なさを補おうとのせこい考えのもとである。
 しかし、このアイディアは確実に通ることは無いとすぐに発覚した。

「えー?いいの圭一君?魅ぃちゃんの虫かご、地面に置いただけで動いてるんだよ?」

「マジ!?うわ、本当だ!気持ち悪っ!」

 魅音の虫かごのプラスチック窓は、その中を蠢く蝉の大群のせいで真っ黒に染まってしまっている。そしてレナの言うとおり、小刻みにカタカタと神社の石床の上を動き回っている。少し照明を薄暗くしたら完全にホラー映画のワンシーンだ。

「まあ、きっとおじさんも青ざめるくらいの大量な蝉がその後ろで蠢いてるだろうから、発表を…」

「沙都子と梨花ちゃんペアの後でいいですか!?」

「はーいナイスへタレー。いいよー」

 魅音の言葉に、直に聞かないと理解できないような、言われた本人だけに伝わる冷酷さが含まれていたのだが、圭一は耐えた。泣くにはまだ早い。いや、冒頭で相当泣いてましたけど。
 せめて、ビリだけは…罰ゲームがかかっているビリだけにはなりたくない。これ以上王道すぎる王道を歩んでたまるか。それが圭一にとっての最後の砦と言えよう。ちっぽけな砦である。
 幸い、圭一がパッと見た所、沙都子と梨花ペアの虫かごには大きな変化は無い。羽音も少なく、圭一が勝つ望みは十分にあるように見えた。男らしさ零%。

「そういうわけだ。沙都子。梨花ちゃん。蝉の数を発表してくれ!!」

「想像以上にてこずってしまいましてよ…。六匹ですわ」

「そうか。俺は三匹だ。で、レナは?」

「どこまで情けない男よ…」

 梨花がとても普段の可愛らしさの欠片も感じられないような疲れきった表情で呟く。が、その声は誰にも届かず、その上誰も圭一にツッコミは入れなかった。予測していたのか、魅音が鼻で笑いながら信じられないほど見下した視線を圭一に送っただけである。圭一は…ああ、もう笑顔だ。信じられないほどの覚悟を背負った全力の笑顔だ。逆にこっちが泣きそう。

「はうう~!いっぱぁ~い蝉さん達と遊んだよ!」

 もはや末恐ろしさすら感じてしまうほどの笑顔でそう言いながら、レナは虫かごを取り出す。その虫かごからは、魅音ほどではないが凄まじい羽音が聞こえてきている。逃がす時大変そうだ、とかくだらないことを考えているのは圭一だけでしょうか?いや、そんなはずは無い(反語)。

「うわっ…。で、何匹いるんだ?」

「えっと、二十匹くらいかな?かな?」

 圭一、沙都子、梨花の捕まえた蝉の数と比べたらそりゃあもう圧倒的な差であるが、分かりきっていたことなので三人の驚きは思ったほど大きくはない。ただ、圭一はそろそろ情けなくなってきたのか、目に輝きがなくなり始めてきた。主人公の瞳ではない。

「まあ、この時点で圭一さんの罰ゲームは決定でございますわねえ~」

「ぶっちゃけ、最初からだけどね…」

 沙都子が意地悪そうに言い、梨花が唾でも吐きそうなほどかったる表情で言うが、先ほどから一転、圭一は再び太陽が恐れるのではないかという爽やかな笑顔で、

「はっはっは。ようし、いいの着せろよ!」

 と、歯を光らせながら言った。そりゃあもう、キラーンと。

「す、凄い男らしいよ圭一くん!」

「着させられるのは女物なんだろうけどなあ!はっはっは!」

 異様な高笑いを浮かべる圭一に、レナはただただにこやかにそれを眺め、梨花は鼻で笑い、沙都子は若干引いていた。
 すると魅音が、ぱちぱちと軽い拍手を起こす。そして、少し反省した様子でこう言った。

「いいねえ圭ちゃん。それでこそ男だよ…。さっきはごめん。『愚図』とか心の中で思っちゃって」

「はっはっは!二文字!いいねえ二文字!一文字+一文字で二文字だ!」

「魅音さん。ただ少し自暴自棄になってるだけのようでございましてよ?」

「だろうねえ。じゃあ、おじさんの蝉の数を発表しようかな」

 魅音が、「だろうねえ」と言った瞬間、圭一は笑うのをやめた。そして、空を眺め始めた。色々と冷めたらしい。彼は思った。「太陽眩しっ」と。もはや色々と上の空だ。

「まあ、勝敗は見た目だけで明らかだねえ。大体三十五匹くらいかな」

 やはり圧倒的な力の差に、レナ、沙都子、梨花の三人は思わず感嘆の溜息を漏らした。流石は部長、という思いを込めて。
 圭一はというと、覚悟でも決め始めたのか、必死で精神統一をしているようにうかがえる。「コオホオオオオオオ」とか言ってる。

「と、いうわけで」

 結果発表も終わったところで、魅音がすっきりとした表情で言い放つ。

「雛見沢分校部活メンバーによる!べチャッ!蝉の小便に濡れた夏の屈辱!蝉捕り大競争を終了したいと思います!」

「見てたのか?」

 精神統一を中断し圭一は尋ねたが、魅音は答える気配すらない。そろそろ圭一がくじけそうだ。

「じゃあ、蝉を逃がしてあげようか」

「はうう~。残念だなあ。もう少し見ていたかったなあ」

 しょんぼりとした様子で、蝉が詰まっている虫かごを名残惜しそうに見ながら、レナが心底残念そうに言った。

「大丈夫でございますわよ。これからの時期、嫌というほど見ることができますわ!ねえ梨花?」

 沙都子が笑顔で尋ねたが、圭一は、その際に梨花の顔に僅かな陰りが見えたように感じた。しかし、梨花はいつものみんなを癒す笑顔で、

「にぱー☆もちろんなのですよ!蝉さんいっぱいいっぱいなのです!」

 と答えてくれた。
 圭一は、気のせいかと心の中で呟くと、自分の虫かごを手に取り、蝉を逃がす準備を始めた。梨花の後ろに、寂しげな表情で佇む羽入の存在になど、まるで気付かないまま。

「じゃあ、逃がすよ。せーの!」

 部活メンバー全員が、一斉に虫かごの上部をスライドさせると、それはもう大量の蝉が虫かごからわれ先にと飛び出してきた。
 もっとも、勢いよく飛び出してきたのは魅音とレナの虫かごからであって、圭一のかごに到っては蝉がなかなかくつろいでいるようで何回か振ってやっと蝉が出て行った。もちろんその数は三匹である。いや…?あ、三匹だ。間違いなく三匹。
 かごから開放された蝉達は、古手神社の敷地の中に植えられた木に次々と止まり、再び雛見沢にその喧騒をばら撒き始めた。
 神社の敷地内に集中した大量の蝉の鳴き声が生み出す音は、騒音に限りなく近いものであった。圭一や沙都子は思わず耳を塞いでしまったほどである。

「もともと、蝉がうるさいって始めた部活なのになあ!」

 圭一はゆっくりと耳から手の平を放しながら、蝉を少し鬱陶しがるように、しかし、笑顔を浮かべながらそう言った。その声は蝉の喧騒を越えるようにとかなり大きい。

「まあ、そんなの口実だし、どうでもいいんじゃない!?」

 はっきりと笑顔でそう言う魅音を見て、圭一は思わず声を出して笑ってしまった。
 すると、それにつられてレナと沙都子も笑い始め、魅音も豪快に、同じように笑い始めた。
 しかし梨花は笑わず、ただただ笑い声をあげている仲間達と、敷地内の気に張りついている蝉を交互に見ながら何かを考えているようだった。他の部活メンバーには想像もできないような…悲しいこれからの運命を。

『とりあえず、梨花も笑えばいいのですよ』

 突然そう聞こえて、梨花は振り返った。そこには、柔らかな笑顔を浮かべた羽入がいた。

『確かに、これから先のことを考えるのも大事なのです。だけれど、私は…梨花に、今の時間を楽しく過ごしてもらいたいのです』

 優しく、慰めるかのようにそう言われると、梨花は小さい笑みを浮かべた。

「…そうね」

 小さくそう答えて、梨花もみんなと同じように、声を出して笑い始める。
 雛見沢全てに響く、この蝉達の喧騒にも負けないように。
 ただ、今の雛見沢を『生きる』ために。







 翌日。
 夕方のことである。学校も既に終業し、雛見沢の象徴とも言えるひぐらし達の喧騒も収まり始めたその時間、圭一の父…前原伊知郎は自宅のリビングに座り、絵の構想を考えていた。頭には、普段から着用しているベレー帽がしっかりと置かれている。
 その頭の中で練り上げられているアイディアがどのようなものなのかは誰にも分からない。『芸術家』の思考とは、常人とはかなり外れたものであることが多い。そのため、圭一の母の藍子もこういう時はあまり話しかけないように気を配っていた。
 だが、流石に何も言わずに姿を消してしまったらいらぬ心配をさせることもあるため、外出などの際にはしっかりと話しかけるようにもしている。今日も、

「あなた。あなた!」

 藍子がそう力強く声をかけると、伊知郎はハッとしたようにうつむきがちだった顔を上げ、藍子の顔を見た。

「これから買出しに行ってくるわ。圭一が帰ってきたらちゃんと伝えてね?」

「ああ。分かった。行ってらっしゃい」

 伊知郎がしっかりと藍子の目を見ながら返事をしたのを確認してから、藍子は外出した。

「…あー。結局、今年の新作のアイディアはしばらく決まりそうにないなあ」

 新作とかそういう言葉は真面目な方の意味をお取りください。真面目じゃない意味?それは、あれです。有明とか、そういう場所の。
 とにかく、思考モードから現実へと戻された伊知郎は、長い間考え込んでいたが故の頭のだるさが気になり、とりあえず休憩を取ることにした。コーヒーでも入れようか、と考えた瞬間、

「た、ただいま…」

 玄関の戸が開く音と同時に、圭一の帰宅の知らせの声が聞こえてきた。しかし、何やら声に元気が無い気がする。
 どうせやることも少ない伊知郎は、風邪気味だったりしたら大変だ、と、玄関まで行って圭一を出迎えることにした。

「おかえり圭一。元気が……!?」

 廊下に出て玄関を見ると、そこには、異常な姿をした息子の姿があった。
 まず、服装が異常だ。頭には、触ったら汚れが写ってしまいそうなほどの真っ白な毛で作られたそれはそれは可愛らしい猫耳が。着ているのは、黒と白が明確に色分けされている、ふわふわとしたスカート部分が男の本能を刺激するフレンチメイド型のメイド服。足下は、メイド服によく合う黒いハイニーソックスが履かれている。正に百点満点だ。点数付けは主に監督です。
 伊知郎は、不覚にも見惚れた。もちろん、圭一が部活の罰ゲームによってコスプレ姿のまま帰宅し、それを見たことが無いわけではない。このメイド服姿も、猫耳姿も、何回かは見た記憶がある。しかし、その時の圭一には…『心』が無い。そう、伊知郎は感じていた。
 伊知郎にとって、コスプレとは心と姿の両立があってこそのコスプレであるのだ、と彼は認識しているのだ。つまり、例えどんな可愛らしい少女がメイド服を着ていても、その口調が普段と全く変わらない物であるだけで、その萌え要素…いや、萌えポイントは半減してしまうのだ。どんな素晴らしい猫耳少女だって、語尾に「にゃん」をつけなければただの変質者だ!とまで、伊知郎は考えているのだ。要は少し馬鹿なのだ。
 それがどうだ。今の圭一には…コスプレイヤーとしての『心』が完全に備わっている。
 普段は、帰ってきても「じろじろ見んなあ!」とすぐに二階へと向かってしまうのだが、今日は羞恥心に顔を赤らめ、両手を体の前で組み、その目には男とは思えないような艶やかさが確かに存在している。僅かに肩を震わせている所など、もう体が震えるほどだ。
 伊知郎は、久々に…それも実の息子相手に、間違いなく…確かに…こう感じていた。
『萌え』と。

「と、父さん…」

 圭一が、控えめな音量で、はっきりとは伊知郎と目を合わせずに言った。
 ずっと見惚れていた伊知郎は、ハッとしたように理性を取り戻すと、

「な、なんだ…?」

 と、どこか困ったように呟いた。いや、困るのは当たり前だ。困らなかったら男の子の父親の資格はない。
 少しの沈黙があったが、圭一が行動を起こした。突然メイド服のスカートに両手をかけると、そのスカートを捲り始めたのだ。
 伊知郎が止める間も無く、スカートはすっかり捲られ、その中身を露わとした。
 真っ青な…この季節、この地表を多い尽くす青空の、何倍も濃い青…。
 世間一般では、それは、『スクール水着』と呼ばれていた。
 圭一のスカートの中には、それがあった。一部の世界で、三種の神器と呼ばれている三つのアイテムを、圭一は完全な形で装備しているのだ。
 伊知郎は、感動に声を失った。これが、これが…本当に、私の息子なのか。私の息子は、コスプレの世界を理解してくれたのかと。
 伊知郎は歯を食い縛り悔しがった。息子ではなく娘であったなら…十四歳では無く九歳であったなら…!と。危ない。

「父さん…俺」

 圭一が顔を上げる。その目には潤いがあり、その頬にはほんのりとした朱色が浮かんでいる。
 一間空いてから、圭一は、声を絞り出すかのように止めの一撃を放った。

「体が、熱いんだ…どうすればいいの?父さん…!」

 伊知郎は、その言葉を聞いた瞬間に卒倒した。鼻から鉄分豊富な真赤な液体を撒き散らしながら。
 鈍い音を立てながら、伊知郎の体が床に沈みこんだ。伊知郎の意識が、遠のいていく。圭一の声が聞こえる。『だ、大丈夫か!?父さん!!』と。
 伊知郎は、薄れ行く意識の中こう思った。
 おいおいだめじゃないか圭一。その格好の時は、私をお父さんではなくご主人様と呼べ。あと、語尾には「にゃん」だ。さっきも言い忘れていただろう?まだまだ、修行が足りないなあ。
 そして、意識を失う寸前、彼は…満足そうな笑みを浮かべながら、こう呟いた。
『今年の新作は、決まった…』と。




 蝉捕り大競争 記録
 優勝 園崎魅音 記録 三十七匹
 ビリ 前原圭一 記録 三匹
 罰ゲーム 前原圭一

 罰ゲーム内容(各部活メンバーから一つずつ。部活メンバーからのコメント付き)
 魅音から フレンチメイド服着用『まあ~基本でしょ!』
 レナ   猫耳着用『かぁいいよぅ~!』
 沙都子  スクール水着着用『辱めを受けるがいいですわ~』
 梨花   実の父親を全力で誘惑『別に何でもいいけど…じゃあこれで』
 羽入   『シュークリームなのです~!!』(でも誰にも聞こえないし梨花におしおきされたので無効)
 合体   猫耳を着用しフレンチメイドの下にスクール水着を着て実の父親を全力で誘惑する(滑舌の練習にみんなも早口で言ってみよう!)

 ドキッ!女だらけの蝉捕り大競争 完
 






 あとがき

 ながながとした小説最後までありがとうございましたー!
 感想などばんばんお待ちしております!!


スポンサーサイト



その他小説 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<仕事場のエンジェル マンガ家さんとアシスタントさんと小説 愛徒×足須 | ホーム | WORKING!!流星群>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |