銀の働き部屋

管理人銀河の、日記兼テキストサイトです。取り扱うジャンルは主にヤングガンガン連載のWORKING!!になると思います。最近は東方の霖之助小説を書くのにも夢中。どうかよろしくお願いします。リンクはフリーです。感想は常に受付中です!もらえたら泣いて喜びます

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確かに、そこにある・・・   佐藤×八千代






 小説の更新をします。

 今回は・・・というか前に若干告知もしてましたが、ストック小説から。佐藤×八千代小説をお送りしたいと思います。
 というか今更だけど、佐藤さんが名字なのに何で八千代は名前なんだろうね(ぇ
 んで、タイトルは『確かに、そこにある・・・』です。どんどんタイトルが適当になっていく。
 今回の注意点は・・・

・佐藤さんが一人暮らしだったりと・・・本編で明確に表現されていない描写が多いです。
・何せ昔に書いて、存在も若干忘れていたような小説なので他の小説と表現がモロ被りなところが結構多いです。特に、伊波まひるの憂鬱な・・・?1日と、メリー。クリスマスなどとモロ被りです。あんま比べないであげたって!! 書きなおしも面倒くさかったのでね!(オイ

 んで、注意書きまではしなくとも言いたいことが。
 過去ダントツの甘さです。いっちゃいちゃしてます。お前ら結婚しろよ。というくらいいちゃいちゃしてます。
 が、あくまで付き合ってはいないので・・・。その辺、お願いします(何

 根本的な設定は、伊波まひるの憂鬱な・・・?1日とモロ被りです。


 それでも読みたい方は、続きからでどうぞ!!






 
  









 
『風邪だってー? 佐藤!』

「・・・何だよ、うるせえな」

 寝込んでいる時に携帯の着信音に叩き起こされ、電話に出る。電話の向こうから聞こえてきたのはやかましいバンド仲間の声だった。
 やたらテンションの高い声が重い頭の中にガンガンと響いてくる。正直、ウザい。

『何だよってのは無いだろー? 足立から聞いたからさ! これからお見舞いに』

「いらねえ。来るな。切るぞ」

 『あ、待てよオイ!』という声が聞こえた気もするが、気のせいだと決めつけ携帯を切る。
 携帯を置く。それから、自分の額に手を当て、唸った。
 それから天井を仰ぎ見て、

「痛え・・・」

そう、重々しく呟いた。



 先ほどあの馬鹿が言った通り、今日、俺は風邪を引いていた。それもかなり悪質な。

 風邪かな、と最初に考えたのは昨夜のことだった。
 仕事中は特に異変を感じなかったが、仕事が終わり車に乗る際に目が眩んで、その時は疲れのせいだと、大して気にもせず帰ってきたが・・・

「まさか、ここまでとはな」

 脇から取り出した体温計が示していた体温は、38度9分。十分高熱だが、昨夜から始まった風邪だ。まだ高くなる可能性はある。
 昨夜に足立からバンドについての連絡が来て、その時に風邪っぽいことを伝えたらあいつはかなり心配していた。
 それから足立が吉田にも話したんだろう。余計な事しやがって・・・。いや、俺が高熱で意識が朦朧としていたから犯したミスかもしれない。

 現在の時刻は、午前10時少し前。吉田からの電話で目を覚ましたわけだから、約12時間弱、ぐっすり眠ったことになる。
 しかし、体調は良くなるどころか、昨日の倍は酷い症状に陥っている。
 今感じるだけで、頭痛・喉の痛み・咳・嘔吐感・・・それら全てが襲い掛かってきている。お手本のような風邪の症状のオーケストラだ。頭の中で頭痛が第九を奏でている気がする。
 ここまで酷い風邪は初めてかもしれない。バイトやバンドやらに励んでいて、疲れでも溜まっていたのか、あまりにも突然の大風邪だった。

 マジで病院に行くことも考えていた。しかし、病院まで行く気力も正直無い。歩いて行くのはもちろんのこと、今の体調では車を運転しても大事故を起こしてあの世行きというコースも十分にあり得る。

 とりあえず、昼まで様子を見ることにした。もしかしたら症状もいくらかよくなるかもしれないしな。
 そうなれば、夜は近くのコンビニにでも行って、ゼリーやらカロリーメイトやらで昼食・夕飯を済まし眠っていよう。
 ・・・そういえば、今日もバイトが入っていたな。前に小鳥遊に怒ってなんだが、今日は行くのは無理だな。
 あ、そういや大学もあるんだったな。まあ、そっちは平気だろ。そこまでギリギリの大学生活は送っていない・・・はずだ。たぶん。おそらく。

「・・・二十歳の男が自己管理もできないんじゃ、情けないわな」

 布団から起き上がり、冷蔵庫へと歩く。
 ・・・うっ。
 途中何回か立ちくらみを起こし、壁に手を付ける。
呼吸を・・・整える。

「くそっ・・・!」

 吐息が、熱い。なのに、体は寒い。
 異常なまでに、苦しい。

「・・・粥くらい、作るか・・・?」

 自分に言い聞かせるように呟いてから、冷蔵庫の扉を開く。
 卵が・・・数個。卵粥が作れるなと思い、米の残量を確認する。

「・・・足りねえ」

 米櫃の底が、はっきりと見えていた。
 風邪で意識が朦朧としていて、米を買い足すのを忘れていたようだ。これでは、粥は作れない。

「野菜と肉・・・野菜炒めでも作れってか」

 自分の怠惰に腹が立ち、頭を乱暴に掻き乱した。
 油っぽい料理を作る気も気力も無く、俺は冷蔵庫に入っていた烏龍茶をコップに注ぎ、それを飲んだ。
 風邪を引いた時は、水分の摂取が大事だとテレビで言っていたような気がする。乾いた喉は烏龍茶をすんなりと受け入れた。
 コップを流しに置いた瞬間、先ほどよりも強い立ちくらみが襲い掛かり、台所に崩れ落ち、膝をついてしまった。

 ヤバい。死ぬかもしれない。
 一瞬、そんな不吉な考えが脳内をよぎる。

 ・・・寝よう。

 無理に動いてまたぶっ倒れたら困る。
 だったら最初から寝込んでいた方が数倍マシだ。

 頭を押さえながら布団に辿りつき、潜り込む。
 このまま眠れば、昼頃までは頭痛に苦しむことはないはず。
 俺は意識を眠る方向へと向け、目を閉じた。



 鳴り響く着信音。



「・・・くそっ、誰だ」

 舌打ちを漏らしながら携帯を手に取る。
 画面に出ている電話の相手は・・・

「店長? 何だ?」

 疑問に思ったが、無視をするわけにもいかず電話に出た。

「もしもし」

『おー、佐藤。大風邪らしいな』

「・・・誰に聞いたんだよ」

『お前のダチが私の知り合いのレストランのバイトでな。さっき聞いたんだ』

 足立だな、と佐藤は忌々しく思った。
 やはり、言うべきではなかった。おとなしく一人で寝たい。
 ・・・まあ、どちらにせよ店先に電話はしなければいけなかったんだ。丁度いいと言えば丁度いい。

「そうですか・・・。で、何の用だ? わざわざ出席確認か?」

『明らかに面倒くさそうな声だな。どうせ今日はバイト休むんだろう?』

「・・・ああ。そうなるな。小鳥遊に謝っておいてくれ」

『で、一人じゃ何かと大変だろうから、八千代がそっちに向かった。私は店にいなきゃいけないんでな。家事はあいつに頼め』

「はいはい。分かりました」

『じゃあな。早く治せよ』

 ピッという電子音と共に、通信が切れた。
 俺は深い溜息を一つついてから布団にまたもぐりこんだ。

「足立、そういえばワグナリアの別店舗でバイトしてんだったな・・・忘れてた。これからは気軽に何か言わないようにするか」

 しばらく会話したら、また頭が痛くなってきた。
 もし症状が治まったら、コンビニに行って・・・熱冷ましシート・・・じゃない、熱冷まシートとゼリーとカロリーメイ・・・






『で、一人じゃ何かと大変だろうから、八千代向かわせたわ。私は店にいなきゃいけないんでな。家事はあいつに頼め』







 ん?

「今なんつった!?」

 布団から飛び起きる。頭痛などもはや気にならなかった。

 誰・・・誰が来るんだ!? 八千代!?
 な、なんでそうなる! というかアイツ俺んちの住所・・あ、店長に聞けば分かるのか。納得している場合じゃねえ!!

 もはや訳が分からなかった。自分の想い人が自分の部屋に来るなんて誰が予想するだろうか?
 しかも、こんな大風邪で寝込んだ情けない時に。

「今更やめてくれなんて電話も意味ねえだろうし・・・! とりあえず、部屋は片付いているな」

 ちゃっかりと八千代を家に入れることになっている考えの自分に呆れもしたが、とりあえず今は、何よりも目の前へ迫りつつある危機を回避することが何よりも優先だ。
 エロ本は隠しているし(そもそも掃除とかまではさせねえ)、見られたら恥ずかしい物は・・・

「あ」

 一つ、あった。
 窓際に置いておいた一つの写真立てを俺は手に取り、壊さないように布団の下へと滑り込ませた。
 これだけは見せない方がいい。
 そう考えた瞬間、わずかな痛みが胸を襲ったが、すぐに押さえつけて俺は部屋を見回した。


 鳴り響くインターフォン。


 俺は頭を二つの意味で抱えながら、情けない足取りで玄関に向かう。
 鍵を開け、扉を開いた。

「佐藤君! 大変・・・顔色がすごく悪いわ」

 八千代がいた。
 家からそのまま来たのだろうか。服はあまり見慣れない私服。手にはスーパーの袋を持っている。野菜等の食材が入っているのだろう。
 俺の情けない姿を見たせいか、店長がらみの時のようにおたおたとしながら俺の体をしきりに・・・

「何やってんだ」

「だって、本当に酷そうだから・・・、ああ熱がこんなに!」

 突然額に感じられた冷たい肌の感触。熱い体にその手はありがたかったが、別の意味で体が火照ってしまいそうで俺はその手を軽く払いのけた。

「悪かったな、わざわざここまで。俺は別に一人で大丈夫だから帰って・・・」

「大丈夫なわけないでしょう!」

 いつも温厚な八千代の、突然の叱咤を聞いて、俺は思わず目を見開いた。
 そのまま少し呆然としていると、八千代は俺を押しのけて部屋に入って行く。

「お、おい」

 呼びかけながら俺もその後を追う。
 八千代は素早く台所まで行き、冷蔵庫を開けたり米櫃を覗き込んだりしてから、

「何か食べた?」

 そう聞いた。その声はとても真剣だった。
 俺はしばらくしてから、「まだ」とぶっきらぼうに答えた。
 すると八千代は、家から予め持ってきていたのであろう米の入った袋を、スーパーの袋から取り出した。
 冷蔵庫から卵を取り出し、土鍋も取り出し、料理を始めようとしていた。

「あ、八千代。俺がやるから気にしなくて・・・」

 話しかけると、八千代はいつもらしくもない真剣な眼差しで俺を見た。
 半分、見惚れていたのか。その目から視線を外すことができなかった。

「佐藤君は寝ていて」

「いや、でもさ」

「いいから!」

 本日二度目の叱咤。
 そんな声で言われてしまったら従わないわけにもいかず、俺はふらふらとした足取りで布団の上に座り込んだ。
 布団に潜り、ただ料理・・・恐らくは粥だ、ができるのを待つことにした。・・・もちろん、渋々だが。渋々も渋々だが。
 しかし、俺の行動に十分満足したのか、八千代は調理を開始した。

 八千代はしっかりと昆布で出汁までとって、俺に卵粥を作り続けてくれている。
 俺はただ黙って、その背中を見つめていた。
 柔らかい印象のある背中だな、と俺は改めて思う。
 背中の半分近くまで伸びた美しい髪は、何回見ても飽きないものだ。何度その髪をこの手で梳かしたいと思った事か。

 しかし、俺にはその背中に触れる勇気も、髪を梳く権利も無い。
 
 情けない男だ。好きな女に苦労かけさせて、しかもその女の言う通りにしかできない。
 まあ、そんな状況に陥るのが風邪ってものかもしれないが・・・正直、悪い気がする。

 店長の指示とはいえ、決して近くはない男の部屋に来るようだったんだ。
 しかも看病まで。本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。

 まあ、俺からだけの視点で見たら、全然悪い気はしないしむしろ嬉しいんだが・・・
 八千代の気持ちを考えると、素直に喜べはしない。アイツはどう思っているのだろう。
 さっきも言った通り、情けない男だと思っているだろうか。
 それも通り越して、俺を多少憎んでいる事だって考えられないわけではない。考えたくはないが。
 アイツが好きな店長の指示で、独身の男の部屋に来させられたんだ。アイツとしては複雑な心境だろう。
 さっきの態度はどう取ればいいんだ。俺を憎んで怒ったのか・・・それとも、心配して怒ってくれたのか。

「佐藤君。卵粥作ったから食べて? ・・・どうしたの?」

 自然と顔が緩んでいたのか、そう指摘されて俺は慌てて八千代を見た。
 八千代は盆の上に卵粥と水を乗せてとことこと歩いてきた。表情を見ると、何時も通りの天然顔だ。怒ってはいないらしい。
 そして俺が座っている布団のすぐ横に座り、盆を置いた。
 盆の上には、湯気をたてている出来立ての卵粥が置いてある。一応コックをやっている俺の目から見ても美味そうだ。
 起きてから何も食べてないので、口内に唾液が溢れてきているのが分かる。風邪での吐き気は多少するが、卵粥程度ならまず大丈夫だろう。

「わざわざ悪かったな。じゃあ、ありがたく貰うわ」

本心から出た言葉だった。それくらい、この粥は温かそうで、俺の体に優しそうだった。
図々しい考えで言うと、八千代の俺に対する優しさがこの粥みたいな・・・何考えているんだ俺。

「どうぞ。美味しいかどうかは分からないけれど」

 俺は卵粥の入った皿とレンゲを手にとり・・・

「あ、少し待って」

 突然八千代が、俺が手に取った皿とレンゲを奪い取り、レンゲで中身を掬い上げた。
 そして、それを俺の目の前に差し出す。

「はい、あーん♪」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 無理。これは無理。
 何が無理か? 色々とあるけれど、まずは・・・うん、食べるのが無理。
 待て待て。その前にコイツは今本当に「あーん♪」と言ったのか? もしかしたらこの粥に隠し味で餡が入っていてそれを教えただけじゃないのか?
 一瞬考えた意見はマッハで頭の外へ弾け飛んだ。そうだ。今は、現実逃避をしている場合ではない。
 そういえば、以前にもこんな事が・・・そうだ。店長が出かけて店にいない時だったなあ。ハハハ。状況が違うわー馬鹿。
 以前は店の中というのもあったが、今回、二人きりのこの場所で「あーん」なんかを成功されてしまったらどうなることか。

 これを口に入れた瞬間、多分俺の意識は全く別の場所へ吹き飛んでしまうだろう。駄目だ。それだけは駄目だ。いくらなんでも情けなさすぎる。
 それどころか、何かもう意識すら軽く失い始めている。先ほどまでそこまででも無かった胸の動悸が、やたらと早まる。辺りが無音と化す。
 クールだ・・・KOOLになれ! 佐藤潤! 断言しよう。これ前にやった!!!
 これが、無我の境地という奴だろうか。いや、そんなわけはねえ。こんなに簡単に見えるはずがねえ! 二度目の断言。これも前にやった!! 一日に二度断言することってそうあるか!?
 だからといって、料理を作ってもらった立場でこの手を叩き落とすわけにもいかないだろう。

 目の前にいる八千代は・・・素晴らしい笑顔だった。
 俺が惚れた笑顔だった。あの日見た、幸せな笑顔。

 俺の顔はどんな顔をしているのだろう。真っ赤になっているだろうか。八千代も馬鹿みたい、と思っているだろうか。
 もはや頭痛も吐き気も消し飛んだ。聞こえるのは自分の動悸だけ。
 見えるのは、笑顔の八千代だけだ。辿り着いた。無我の境地。今ならば八千代の日本刀で鉄以上の固さの何かを切れそうな気がするお次はダイヤモンド。そして次はきっと腕が六本に見える
 甘えても平気だ。誰かが見ているわけではない。そりゃあ、相馬あたりが盗撮か何かをしている可能性はゼロではない。でも・・・!

 でも・・・駄目だ。
 俺みたいな臆病者に、コイツの全力の好意を受ける権利はない。
 このまま、「何やってんだ」ってツッコめばコイツは素直にこの行動をやめるだろう。実際、今までだってそうだった。
 進展のチャンスを蹴落とす事になるが、何大丈夫。今日この場に八千代が来てくれただけで十分な進展だ。こんな些細な事を蹴落とした所で可能性がゼロになるわけじゃない。
 よし、何時も通り。・・・何時も通りだ。


「何やって」

 口を開いた瞬間、熱い半液体状の何かが俺の口の中に流れ込んできた。
 まず初めに、熱いと思った。次に、何だ? と思った。そして最後に、

「美味い」

 そう思った。

 俺が感想を漏らすと、八千代は「本当に!?」と嬉しそうに聞いてきた。
 素直に頷き、皿を受け取ってもう一口食べようとする。

 がその前に、

「何やってんだ・・・!!」

 もはや恥じらいも何も無く、俺は八千代の頭を押さえつけ、なるべく威圧感を与える口調で尋ねた(半分脅した)。
 八千代は自分の頭を必死にかばい、それから少し潤んだ目で、

「だって、佐藤君絶対に素直に食べてくれないから、少しだけ強硬手段を・・・」

 そんな八千代の言葉を聞いて、俺は顔がみるみる内に赤く染まるのを実感できた。
 片手で自分の顔を覆い、唸る。
 見事に、「あーん」を成功されてしまった事も原因の一つだが、コイツがわざわざ強硬手段を使ってまで俺に粥を「あーん」で食べさせたかったのか。そう思うと、嬉しさと恥ずかしさで一杯だった。

「馬鹿な事やるんじゃねえよ・・・!」

 完璧なる照れ隠しで、俺はぶっきらぼうに呟いた。それから八千代の頭から手を離す。
 何だか気が緩んだ瞬間、先ほどまで飛んでいた頭痛や吐き気が慌てて戻ってきた。頭を本当の意味で抱える。しかし、八千代の卵粥の味は吐き気なんかにはけして負けなかった。
 八千代はしばらく頭を擦っていたが、俺がもう一口卵粥を口に入れるのを見て、

「ね、ねえ。本当に美味しい!?」

 そう、本当に嬉しそうに尋ねてきた。
 その顔だけで何人の男が恋に落ちるだろう。少なくとも、俺が落ちたくらいだからその数は膨大なものと思われる。
 実際、長い面識がある俺でさえ、動悸はますます早まる。

「ああ。美味いよ。ありがとうな」

 またまたぶっきらぼうにそう答えた。

「良かった! 佐藤君にお返しができたわ!」

 ・・・お返し?

「何の話だ?」

 粥を口に運びながらそう尋ねると、八千代はほんのりと頬を赤らめながら答えた。

「前に・・・私が店で風邪を引いて休憩室で寝ていたことがあるでしょう? あの時、佐藤君・・・お粥作ってくれたわよね?」

 ・・・ああ。
 そんな事もあったな。と我ながら今更に思い出す。
 自分が八千代に粥を作ったことがあるのに、逆の立場になってその事を思い出さないなんて。改めて自分が恋愛に弱いというのが実感できる。

「それで・・・ちゃんとしたお礼ができて良かったなって。佐藤君が作った物よりは美味しくないかもしれないけれど・・・」

 指を自分の目の前でもじもじと動かしながら答える八千代。
 その姿を今すぐ抱きしめたいという衝動を押さえつけるのに俺は必死だった。
 本当に、俺はいい女に惚れた。可愛くて、優しくて、思いやりのある・・・本当にいい女だ。

「んなことねえよ。美味い。俺のよりずっとな」

 心も自然と高ぶって、だんだんとペースをあげて卵粥を体の中に流しこむ。
 本当に、涙が出るほど美味い。思いやりの味というものを実感している。

「ねえ、本当に美味しいかどうか私にも食べさせて」

 ああ、と頷いて皿を渡そうとする。



 本日二度目の思考停止。

「おい、何をしている?」

「佐藤君もお返しで、あーんってしてくれないかなって♪」

 八千代は、小さな可愛らしい口を開いて、俺が粥を運ぶのを待っていた。
 ・・・無理。今度こそ無理。
 もう、粥を運ぶ前に抱きしめてキスするぞ本当に。

 ・・・危ない危ない。理性が崩壊する瞬間を目の当たりにする所だった。自覚するのは恐らく全てが終わった後だったろうが。
 って何を考えてるんだ俺は!! 初めて女子が家に遊びに来る中学生ですらもう少しマシな事考えるぞ!!
 とりあえず、この事態を脱する事を最優先に考えなければならない。どうするよ、どうするよ俺!!
 選択肢を示すカードはこの場に存在しない。信じるべきは俺の力! 気分はすっかりエスポワールだ
 ざわ・・・ざわ・・・と混乱する思考の中、どうする。どう誤魔化す!!

「あのさ・・・八千代。俺らは別にさ」

「? どうしたの?」

 首をかしげて俺を見つめる八千代。
 頑張れ。頑張れ俺の理性!! 八千代が帰った後は全力でお前を解放してやる!! もう最低だ俺!!

 もういいや。
 ここで変に耐えて理性が壊れるよりは・・・おとなしく俺がしたいように物を進めよう。
 お互い様だ。最初にやってきたのは向こうだ。俺は何の気に病むことは無い。
 さっきも、何だかんだで仲を進展することができた。チャンスは生かさなければならない! うん。そう決め付けよう。

「・・・・」

 無言で、ゆっくりと八千代の口に粥を運んだ。俺の顔は恐らく真っ赤だろうが、もはや顔が赤いのがバレることを気にする余裕すら無い。
 八千代は震えているレンゲを口全体で受け止め、しっかりと味わい飲み込んだ。

「本当だ・・・美味しい。良かった・・・」

 本当に嬉しそうに・・・噛み締めるように、八千代は自分の料理を褒めた。
 その声は、何だか今にも泣いてしまうのではないかというくらいに、感慨に満ちた声だった。
 畜生駄目だ。可愛さで泣きそうだ。

「何だよ。俺が嘘をついているとでも思ったのか?」

「違うの・・・安心したの。前のお返しが、できたかどうか・・・心配だったから」

 ・・・もう、何だ? こいつは俺にどうして欲しいんだ?
 俺みたいに理性のある人間だったから良かったようなものの、こんなのそんじょそこらの独り身の男に聞かせたら速攻で襲われるぞ本当に。
「そりゃあ良かったな」とまた照れ隠しで無愛想に言葉を返した。八千代の顔はとても直視はできない。

 早く顔の火照りを忘れたいと思う一心で、俺は粥をまた一口・・・


『八千代はそれを口全体で受け止め、しっかりと味わい飲み込んだ』


 ・・・間接・・・キス?


 顔が燃えたのではないか。そういう幻覚に襲われるほどに体の熱が高まった。
 さ、さすがにコレはまずいだろう。今までのは、軽いお遊びみたいな感覚。という言葉で誤魔化せるような気がする。
 しかし、今回のは本当に・・・恋人とか、幼馴染とか、そういう特別な肩書きがある人物同士がやるものだ。
 今までとは違う、かなり早々とした諦めで、俺はレンゲを置いた。

「どうしたの?」

「すまん、少しだけ気分が悪くて・・・そろそろ薬を飲んで寝ようと思ってな」

 完璧。我ながら、自然かつ当然の流れだ。
 俺は重度の風邪。物を食べていて気分が悪くなる事のどこがおかしい。
 さあ、何か文句があるなら言ってみろ八千代! 今日は乗せられっぱなしだが今回ばかりはそうはいかないぞ!

「・・・佐藤君、もしかして、口に合わなかった?」

 そう来たかああああああああ。
 頼むから潤んだ瞳でこっちを見るな・・・泣きたいのはこっちだよチクショウ!!

「違う。ただ、朝から少し気分が優れないだけだ」

「ご、ごめんなさい・・・無理させちゃって」

「無理なんかしてねえよ」

「でも・・・!」

 全世界の男共に聞く。
本格的に目が潤んできた八千代を見て、誰がこのまま食べるのを拒否するだろうかいやするはずがない!!!(反語

「あ、何だか気分が良くなってきたな。消化がいい粥を食べたからか」

「ほ、本当?」

 本当だけど今の状況だと嘘をつきたい・・・!
 というか、この動揺っぷりに気付かないってのはどうなんだ我が想い人。でも、今の大混乱したこの頭なら言える。そんなお前が大好きだ!!

「ああ。まだ食える」

 レンゲを粥に沈め、少しでも間接キス養分(創・佐藤潤)を少なくするようにかき混ぜてから、俺は粥を口に運んだ。
 なるべくレンゲに口をつけないように、粥をほとんど一気に完食。
 その皿をしっかりと盆の上に乗せると、八千代は満足そうに笑った。くそっ、こっちは顔真っ赤なのにいい気なもんだ。

 でも、風邪薬なんかよりコイツの笑顔の方が何十倍と効きそうだ。


 とか、俺らしくもないメルヘンな事を考えた矢先、

「くっ・・・!?」

 突然襲う眩暈と頭痛。
 危なく床に倒れこむ所を、何とか腕で支え持ち直す。
 しまった。色々と興奮しすぎて、大風邪をひいているということを忘れかけていた。

「どうしたの? 佐藤君」

「・・・少し頭痛がしただけだ」

「大変! はい、風邪薬!」

 盆の上に乗っていた水の横には、見えていなかったが風邪薬と思われる錠剤が置かれていた。
 なるほど、薬を飲むための準備もしてくれていたのか。
 その気遣いを流石だなと思いながら、俺は錠剤を口に含み、コップ1杯分の水でしっかりと流し込んだ。
 水をほとんど一気飲みしたせいで、少しむせる。

「だ、大丈夫!?」

「・・・大丈夫だ」

 ほんの少し、空元気。頭痛は起きたばかりの時の比ではないが、それでも辛いものがあるし、眩暈はほんの少しの距離を歩くだけでも襲ってきそうだ。

「本当にありがとうな。八千代。・・・しばらく寝てもいいか?」

「ええ。ゆっくり休んで」

「・・・帰りたければ、帰っていいんだぞ?」

 そう言った瞬間、一瞬八千代の顔が悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
 ほんの少しの沈黙の後、

「帰らない」

 強い意志のこもった言葉だった。
 もっと余裕があれば、どうしたんだ、と問いかけたかった。しかし、頭痛がだんだんと強まってくる。

 もう一度ありがとうと呟いて、俺は布団の中にもぐりこんだ。
 先ほどまで訪れた幸せムードはどこへ行ったのか。襲ってくるのは頭痛眩暈嘔吐感の3人組。余分3兄弟よりなんぼか性質が悪い。
 こんな症状の中、無理矢理意識を閉ざすのは正直辛かった。
 しかし、早く症状から逃れたいと思う気持ちが勝ったのか。それとも極度の緊張でよほど疲れたのかは分からないが・・・眠気は想像以上に早くやってきた。

 どうしても、あの八千代の悲しそうな顔が・・・完全に意識がなくなる瞬間まで離れなかった。





「・・・ん」

 目を覚ました時、最初に目に入ったのは見慣れた部屋の天井。
 辺りを見回そうと首を回した瞬間、何かが目の前にずり落ちた。

 よく見るとそれは濡れタオルだった。すぐに、自分の額の上に乗っていたのだとすぐに理解する。

 腹に力をこめて上体を起こすと、鋭い痛みが頭の中に走る。やはりそう簡単には完治してくれないようだ。それでも、寝る前よりは少し回復したようだ。
 枕元に置いてある時計を見る。デジタル式のそれが指し示していた時間は・・・

「・・・18時・・・!?」

 窓の外を見ると、空は赤く染まっていた。
 そうか・・・もう夕方か。想像以上に体が疲弊していたんだな、と正直驚いた。

 部屋をぐるりと見回してみるが、八千代の姿は無かった。
 よく見ると、枕元には時計の他に、冷水の入った洗面器も置かれている。
 八千代はこれを使って俺の頭を冷やしてくれていたのだろう。その心遣いにほんの少し微笑んでから、もう一度、静寂に包まれた部屋を見渡す。

「帰ったのか・・・?」

 その考えが妥当だった。
 流石に、八千代もずっと暇というわけではないだろう。帰ったとしても何もおかしいことはない。
 もしかしたら、帰る前に一声くらいかけてくれていたのかもしれないが、俺が熟睡していて無理に起こせなかったのかもしれない。優しい八千代ならば十分にあり得ることだ。

いつ帰ったんだ? ・・・もしかしたら、昼過ぎにはもう帰ったのかもしれないな。俺がずっと寝ていたってことは。

 痛む頭を押さえながら、布団の上に落ちてしまった濡れ布巾を片付けようとした。

 触った瞬間脳内に伝わる僅かな違和感。

「・・・冷たい?」

 もう一度触る。やはり間違いない。俺の額にたったの今まで乗っていた布巾はまだ冷たさを保っていた。
 ということは、八千代は少なくともついさっきまでこの部屋にいて、俺の看病をしていたことになる。
 つまり、八千代は本当についさっき帰ったか・・・それとも、買い物か何かで出かけているか。

  正解は後者の考え。

 部屋の扉が開かれる音。
 まず間違いなく八千代だろう。コンビニかどこかへでも行ってきたのか、ビニール袋が擦れる音も微かに聞こえる。

 八千代が帰ってきたという安堵感を感じた直後、ちょっとした悪戯心が俺の心を支配した。
 まあ、悪戯なんて大したものではない。ただ、寝たフリをしてみようと思っただけだ。

 もしかしたら、八千代がまた俺の額に濡れ布巾を絞って置いてくれたりするかもしれない。それだけでも俺は十分な幸福感を味わえるだろう。
 普段がこの方向に飢えている分、今日はとことん幸せな思いをしよう。そんな意地汚い考えを、俺は全く罪に感じなかった。

 すぐに布団に潜り、濡れ布巾を元のように自分の額に乗せる。
 そして目を閉じると、部屋にすぐ八千代が入ってきたようだ。

「佐藤君? ・・・まだ寝ているわね」

 やはり、八千代の声だった。
 台所にビニール袋を置いたのか。少し音がすると、足音が自分の横に近づいてくる。
 八千代は座り、俺の額から濡れ布巾を取る。
 聞こえてくるのは、水に布巾が浸かる音。そして絞られた水が洗面器に落ちる音だ。
 しばらくすると、ひんやりとした心地よい濡れ布巾が俺の額に乗せられた。

 幸せだ。
 八千代の優しさを間近で感じられる上、濡れ布巾が本当に気持ちいい。頭痛が布巾の中へと溶け込んで行くようだ。
 しばらく、このまま寝たフリをするのもいいかな。そんな事を考えていると、ある事が頭の中で思い出された。

 さっき洗面器の中を覗いた時・・・まだ少し、氷が浮かんでいた。
 つまり、洗面器の水が変えられてからそれほどの時間が経っていない。さっきは濡れ布巾の冷たさが気になったが、洗面器の中身も十分重要な意味を示していた。
 俺が寝たのは、大体午前10時すぎ。そして、先ほど時計は18時と示していた。
 その間およそ8時間。一番重要なことは・・・

 八千代は、いつから俺の頭を冷やしていたんだ?
 今でさえこんなに頭痛が酷いのだから、寝ている間ももしかしたら俺は苦しんでいたのかもしれない。
 すぐにその様子に気づいて、濡れ布巾を用意することはなんら不自然な事ではない。
 問題は、それをどれほどの時間繰り返していたのか。
 何回冷たい布巾を絞り、何回洗面器の氷を取り換えたのか。
 俺の睡眠時間は・・・およそ、7時間。

「・・・八千代」

 もうフリなどをしている場合ではない。俺はすぐに声を発した。
 目を開けて少し横を向くと、八千代が少し驚いた様子で俺を見つめている。
 自分でも分かる。俺の目は、極めて真剣だった。

「おはよう。もちろんそんな時間じゃないけれど・・・体の調子はどう?」

 八千代は何時もの・・・優しい笑顔で俺に微笑んだ。
 俺は、「ああ」とだけ頷いて、寝たまま話し始めた。

「ずっと、看病してくれていたのか?」

「え、ええ。佐藤君、寝ている間も呼吸が激しくて、熱も収まらなくて・・・」

「俺が寝た直後からか?」

「そうよ。・・・ゴメンね佐藤君。看病に夢中になっていて・・・時間もあっという間に過ぎていて、気がついたら夕方だったの」

 笑いながら話す彼女の言葉を聞いて、胸が締め付けられた。
 どうしようもない罪悪感がのしかかる。
 だってそうだろ? 年頃の女が、恋人でもなんでもねえ男の部屋で、ずっとその男の看病なんかしていたんだぞ?
 しかもその男は、お前に近づきたいとか進展したいとか・・・そういう下衆な事ばかり考えている男だ。
 女っ気なんかないこの部屋で。暇を潰すものも無かっただろうに。時間も忘れて・・・俺なんかのために必死で・・・!

 上体を起こす。
 俺は八千代の手を握った。
 八千代は驚いていたが、俺には恥じらいも何も無く、その体温を確かめた。

 冷たい。
 女は冷え性と聞くが、この冷たさは異常だ。もちろん、たった今布巾を絞ったからというのもあるだろう。しかし、芯まで冷えているその手は、少し青く変色していた。
 何時間も、繰り返したんだ。冷たい水にこの細い手ぇ突っ込んで・・・!!

「何でだよ」

 俺は厳しい口調で問いかけた。・・・いや、問い詰めた、と言うべきか。
 彼女の手を見つめながら、その冷たさをしっかりと感じながら。

「俺がお前に何をしてきた? 大した事もしてねえだろ。ただお前のノロケ話を聞いていただけだ。他に俺が何をした!?」

 口調が段々と荒くなる。
 それほど、俺はみっともなく動揺していた。ここまで必死にしてくれるコイツの心が分からなかった。
 俺の手は震えていた。頭もガンガンと痛かった。
 でも、尋ねずにはいられなかった。

「嫌じゃねえのかよ? こんな所にずっといて。店長の傍にいたいんじゃねえのかよ!」

 馬鹿な事をほざいている。
 彼女は、間違いなく自分を大切に思ってくれている。
 それは分かっている。分かっているのに! ・・・俺は否定する。その優しさを。
 俺には、コイツに優しくしてもらう権利が無い。ここまで必死になってもらう程の事をしていねえ。

 八千代から聞いた、10年前の出来事。・・・俺は、その時、ガキであったであろう自分を悔いた。ずっと、長い間。
 あの時、何故あの場所にいたのが店長だったんだ。
 何故、あの場所にいたのは俺じゃなかったんだ。
 間違いなく俺は救っていた。昔の俺だとしても、その自信があった。
 そうすれば・・・八千代の横にいつも立っているのは、俺だったのに。

 でも、八千代を救ったのは俺じゃねえ。

「なあ八千代。・・・俺、本当に今日は嬉しかったんだ。お前が来たからな。本当に楽しかったんだ」

 でも、

「俺はお前に」
「どうして?」

 言葉を遮ったのは、悲痛な八千代の声だった。
 俺は八千代の顔を見上げた。そこに見えた光景は、非常に不可解なものだった。

 八千代は泣いていた。
 喰いしばるように口を閉じて、ぽろぽろと、顔中に涙が溢れている。
 俺は視線を外す事がなかった。ただ目の前で泣きじゃくっている八千代を、アホみたいな面で呆然と見つめることしかできない。

「どうして・・・? どうして佐藤君は、私を頼ってくれないの?」

 八千代のその言葉の意味を、最初は理解できなかった。ただ、言葉だけがはっきりと耳の中へと響いてくる。

「私が風邪を引いた時は優しくしてくれた。毎日、私達を支えてくれているのだって、佐藤君じゃない!」

 俺は、今までの自分の仕事ぶりを思い出していた。
 確かに、キッチンは調理が主なのは当たり前だが、暇さえあればゴミ出しもするし皿も洗う。フロアの仕事をやる時だって以前はあった。
 俺は、それは仕事だと思っていた。あくまで、マニュアル中心。それが、金を貰っている立場の俺のやるべきことだと。
 だけれど、彼女はそうは思っていなかった。

「誰よりも働いているのに、私達の様子を見て色々手伝ってくれる。私は・・・そんな佐藤君を本当に頼っていた。だから、佐藤君が風邪を引いたって聞いてすぐに来たのよ!?」

 ・・・店長に頼まれたんじゃなかったのか。
 そうか。八千代は・・・店長から連絡を貰った後に、自分から来てくれたんだな。

 ・・・馬鹿だ俺。
 もうコイツの事を馬鹿って思えねえな。
 そりゃあ怒るわけだ。そりゃあ真剣なわけだ。

 朝からの八千代の行動全てが・・・少し大げさになるが・・・俺への恩返し。
 それを俺はいちいち断ろうとしていた。コイツの意思も考えずに。コイツの想いも知らずに。

「なのに・・・佐藤君は、また私を・・・!」

 八千代の顔は、涙でいっぱいだった。
 口元を両手で押さえて、嗚咽交じりにまだ俺に話しかけてくる。

「私だって・・・佐藤君の役に・・・」

「もうたってんだろ」

 ほとんど無意識に漏れた、弱々しい言葉。
 それでも、アイツの顔から目を逸らすことだけは、決してしなかった。

「お前さっき、自分を支えたのは俺とか言っていたよな」

 強い意志を込めて、俺の話す事全てがコイツに伝わるように。
 手は握ったままだった。だんだんと温かくなってきたその手を、しっかりと握り締める。
 口を開く。

「俺らだって同じだ。お前がいなきゃ駄目だ。お前がいるからワグナリアなんだよ。お前がいるから俺らなんだよ」

 後半は、まるで祈るような口調だった。
 とにかく、伝えたいということで一杯だった。
 頭のわりい単語の組み立て。それでも、伝えたかったんだ。

「俺らはお前がいないと駄目なんだ。だから気にするな。頼ってもらいたい? 気にするな。毎日頼ってるから。頼ってばかり? 気にすんな。俺らもそうだから!」

 握るその手は緩めずに。真っ直ぐな視線は逸らさずに。
 八千代も、瞬きもせずに俺を見つめていた。彼女の涙は、もう止まっていた。

「だからさ。・・・お前はお前がしたいように生きてくれ。誰も責めないから」

 そう言って、俺は八千代の手を握るその手を緩めた。
 しかし、八千代の手は俺の手から逃れようとはしなかった。

「今日はありがとう。卵粥、本当に美味かった。お前がいてくれたから、俺は今日一日幸せだった。話したいことも話せたしな」

 俺は今、どんな顔をしているのだろう。
 八千代の顔は変わらない、どこか呆然としたような、驚いたような顔のまま、俺を見つめていた。

 後は何か言いたいことはないだろうか、そう考えていると、

「うっ・・・!」

 突然目の前を襲った眩み。
 声を出したせいだろうか。寝たままだというのに、視界が回る。まるで逆さまに吊るされているかのように頭が重い。

 すると、八千代が俺の手を離し、俺の額から布巾を奪い取ると、また冷たい洗面器の中に手を入れ・・・それを絞った。

「八千代・・・」

「私がしたいように生きる」

 真剣な声で、八千代は先ほどの俺の言葉を繰り返した。
 それから俺を見る。その顔は、笑顔だった。あの時の・・・笑顔。

「これが私の今したいこと。・・・いいわよね。・・・潤君?」

 ・・・名前で呼びやがった。
 顔が赤く染まる。思わず視線を逸らす。

「・・・好きにしろ」

 相変わらずの照れ隠し。俺のコイツに対する態度は、恐らく一生変わりはしないのだろう。
 八千代がくすくすと笑ってくれた。それだけで、俺は幸せな気分になれた。

「喘息は大丈夫?」

 少し意地悪なその問いかけ。
 俺は天井を見つめていた。見慣れたはずのその天井が・・・今日はまるで別の場所に思えてきた。気持ちの変化というものだろうか?

 俺は八千代の目を見た。
 その目は透き通って見えた。にっこりと微笑むその姿は、正に俺にとっての天使。

『お前がいなきゃ駄目だ』

 自分で言ったその言葉を思い出す。
 本当に、その通りだ。

 視線を逸らさず、八千代を見つめたまま・・・俺は呟いた。

「・・・治った」






 結局、八千代は次の日まで俺を看病し続けてくれた。
 俺はもう何も言わなかった。夕飯に作ってくれた粥も残さず食べたし、食べたい物は買ってきてもらった。
 買い物をするだけの、パシリみたいな事でも・・・彼女は笑ってやってくれた。
 何回も「あーん」をされた。その度に、俺はそれを食べた。

「おやすみ」、そう言って、俺は眠った。
 彼女もそのすぐ後に、俺のすぐ傍の壁によりかかって眠りについた。

 朝起きた時には、八千代の寝顔が視界の中いっぱいに入っていて心臓が止まるかと思った。
 思わずその顔の頬をゆっくりとなでる。すべすべとした綺麗な肌だ。

 それから熱を測る。驚くべきことに、あれだけあった熱は一晩で37度1分と、微熱へと変わっているではないか。
 この調子なら、今日ゆっくり休めば明日には間違いなく完治しているはずだ。

 そう考えていると、八千代が起きた。
 体を起こすと、俺と八千代との距離はほとんど無かった。
 八千代はほんの少し頬を染めながら俺を見ている。起きたばかりの八千代の目は、いつもとは違う印象を受ける。

「なあ。まだ微熱でさ、今日一日休めば間違いなく治ると思うんだが・・・」

 俺はもったいぶるような口調で話した。
 一文字一文字を話す度に、八千代の顔には活気が満ちて行くように見える。

「飯を作るのにはかったるくてな。・・・悪いけど、また看病してくれないか?」

 そう言いきると、八千代は今にでも泣き出すんじゃないかと思うくらいに目を潤ませながら、深く頷いた。

「あれ、潤君。これ何?」

 突然八千代が、布団の下に手を入れる。
 ? 何か俺は入れていたか?

・・・・・・あ。

「ま、待て八千代! それは・・・」

 時既に遅し、八千代はすでにその写真立てをしっかりと見つめていた。
 俺は、顔が真っ赤に染まっていくのを感じた。
 見ると、八千代の顔も同じように赤く染まっていく。写真立てを持つ手がやや震えている。

「・・・潤君?」

「何だよ・・・」

 視線を逸らし、精一杯の声を絞り出す。恥ずかしい。兎にも角にも恥ずかしい。
 八千代は写真立てで顔の半分を隠すようにして、俺をじっと見つめていた。やはりその顔は赤かった。

「こ、これ・・・潤君が置いていたの?」

「・・・悪いかよ」

 相馬から以前貰った・・・八千代の写真。
 今から数年前の写真で、まだ八千代は髪を二つに結っていた頃の物だ。
 まだバイトをしていなかったはずの相馬が何故その写真を持っているのかは疑問に思ったが、特に言及はしなかった。
 俺はその写真を渡されて、最初はいらねえと言い張ったが・・・しっかりと持ち帰っていた。
 わざわざ写真立てまで買って、写真を入れた。それを机の上に置いていた。

 輝くような笑顔の・・・その写真を。
 俺が八千代を好きになったきっかけの、その笑顔を。

 何時の間にか、八千代は俺の手を握っていた。
 俺は八千代を見た。
 八千代は嬉しそうだった。嬉しそうに、ニッコリと笑っていた。
 俺も嬉しかった。・・・その笑顔は、俺がずっと見てきた、あの写真の笑顔と何も変わらなかったからだ。
 俺にも、その笑顔をくれるのか。俺には、その笑顔を貰う権利があるんだな?

「潤君の写真も、相馬君から貰わなきゃ♪」

「あー・・・好きにしろ」

 八千代は、また笑ってくれた。


 そんな八千代に、俺は言ったんだ。




 神様とやらに誓おう
 もう崩させねえ。もうその肌を涙で濡らさせねえ
 頼りたい時は迷わず頼ろう。そして俺も、コイツの支えになろう
俺は守る。何があってもだ
 何を? 今更野暮な事聞くもんじゃねえよ


「やっぱり、お前は笑っているのが一番だな」


 この笑顔に決まってんだろうが



 







 あとがき

 こんなんです。すいません。モロ被りですいません。
 もう、いちゃいちゃいちゃいちゃしてますが・・・。まあ、もう少し関係が進んだところ、と思っていただければ自然かな? いや、そうでもないか。
 あまりギャグ要素を入れるつもりは無かったんですが、佐藤さんは心の中ではとにかく愉快な人物であってほしいとか考えている人間なのでパロディやギャグ要素も多めにしました。意味がわからなかったら申し訳ないです。

 俺の小説を見返すと、八千代は「笑顔」をやたら強調していますね。ただ、実際に八千代は笑顔がとにかく特徴的なキャラだと思うんですよ。実際、一番多い表情もまず間違いなく笑顔でしょうし。佐藤さんもそこに惚れましたしね。
 俺のこれからの目標は、佐藤さんが八千代さんの笑顔をどれくらい大切に思っているかを、あまり他の小説とかぶらないように気をつけながら書けるようになることですね。その点を考えると、今回の小説はドンマイ!!(待

 次回に書く小説は決めてません。とりあえず途中の進藤×鎌倉小説を仕上げたいかな・・・。 
 ただ、今現在、うろんなページで色々と進展しそうなので、しばらくは傍観しようと思います。
 相馬と山田の小説が少ないので書きたいなあ・・・。というか、来月にコミックスが出るらしいからそれまでは正直手をつけたくない気もする。

 ・・・アニメオリジナルの話とかで、男女がいちゃいちゃすれば最高なのになあとか考えている、銀河でした。
 ではまた!!




 
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コメント

半熟忍法帳は、立ち読みくらいならしたことあります。確か作者さんはドラクエ4コマも描いてましたよね?
昔のスクエ二系列の漫画だと僕は南総里見八犬伝が好きでしたね。女の子がかわいいし、今有名な男の娘も出てきます。

喫煙に関してですが、何事においても人は自分に必要のないものを排斥するときは、それに関わるすべてに攻撃的になります。それに、煙草に関しては受動喫煙という吸わない側からすれば攻撃する恰好の材料があることも過激な意見の発生する要因なのでしょう。人間自分が正義であるという根拠があると強気になれますし。

小説読みました。
名字と名前の問題ですが、僕は作中での呼ばれ方に関係するのではと思いました。佐藤さんはたいていのキャラから名字で呼ばれているのにくらべ、八千代さんは大体のキャラから名前で呼ばれてます。

佐藤さんのパロディはひぐらしとワンピース、テニプリはわかりました。
作品自体の感想としては、早く本編でこれくらいいちゃついている二人が見たくなりました。看病ものって、僕の印象だとされてた側が治ったら、今度はしてた側が風邪をひくってパターンが定番ですが、こっちは本編でやってましたね。
2010-02-26 Fri 07:42 | URL | 赤髪の探偵 [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2010-08-02 Mon 01:31 | | [ 編集 ]

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