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銀の働き部屋

管理人銀河の、日記兼テキストサイトです。取り扱うジャンルは主にヤングガンガン連載のWORKING!!になると思います。最近は東方の霖之助小説を書くのにも夢中。どうかよろしくお願いします。リンクはフリーです。感想は常に受付中です!もらえたら泣いて喜びます

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『お得意様』の価値  東方 咲霖




 今までpixivには載せていたけれどブログには載せてなかった東方小説をまとめて3つ程更新しようと思います。

 というわけで、咲霖小説。咲夜さんは香霖堂の貴重なお得意様。ということをイメージしながら書いてみました。
 作中に出てくる商品は全て現実にあるので、良ければ皆様も使ってみてね。


 というわけで、「『お得意様』の価値」。甘さは控え目です。というか甘々な作品を書くことが今後一度でもあるのだろうか。


 続きからでどうぞ!










「最近、思うように眠れないんです」

「ほう?」

 とある昼下がりの古道具屋『香霖堂』。そしてその店内。
 魔館の瀟洒なメイド長、十六夜咲夜は、カウンター正面に置かれた来客用の椅子に座り、「ほとほと困り果てた」様子で呟くように発言した。
 その言葉を聞いて、紅茶の乗ったお盆をカウンターの上に置きながら、店主、森近霖之助は更に話を聞こうと耳を傾ける。
 「ほとほと困り果てた」顔を浮かべている少女に対しての反応としては、あまりにも素っ気ない物に見えるが、この瀟洒なメイドが演技派であることを霖之助は十分に知っていたので、この反応は特段酷い物ではない。

「店主さん。今、変なことを想像しませんでしたか?」

 事実、彼女は傷いた様子などは微塵も無い。
ふふっ。と、いたずらのような笑みを浮かべながら咲夜は尋ねる。

「? 何の話だい?」

 咲夜が演技派。ということ以外、特に「変」とまで言われるようなことを考えたつもりは、霖之助には無かった。
 首を傾げながら答え、カウンターの後ろの自らの席へ座る霖之助に対し、咲夜はむっと頬を膨らませた。

「……何でもないです」

 が、霖之助の「心の底からわからない」といった表情を見て、少し残念そうなため息をつくと、咲夜は霖之助が置いたばかりのティーカップを手に取り、その中身を啜った。

「まだまだですね」

「君に言われると、流石に胸に来る物があるね」

 渇いた笑いを浮かべながら、霖之助も自らの淹れた紅茶を一口、啜ってみる。そして、「なかなかじゃないか」と、一人で納得しながら頷いた。

「店主さん。自らが満足しただけでは、何事も、その一歩先に進むことはできないんですよ?」

「僕はどちらかといえば紅茶より緑茶派だし、幸い、僕の周りにも紅茶派の人間は数える程しかいないのでね。満足したとして、責められることは無いと思うのだが」

「あら。数えられる程いるのでしたら、十分に多いのでは? この店に限っては」

「……これは、手厳しいな」

 咲夜に再びいたずらのような笑みを浮かべられて、霖之助は苦笑しながら、ひとまずティーカップを皿の上へと戻す。
 それから、少しは商売人らしい顔つきになり、

「で? 眠れない。と言っていたが。それが今日ここを訪ねてきた理由と関係があるのかな?」

 と、咲夜に改めて尋ねる。
 咲夜が来てすぐに紅茶を淹れにお勝手へ向かったため、今日、咲夜が何を求めてこの店に来たのか。それを霖之助はまだ知らなかった。

「関係があるもなにも、そのまま言っているような物です。最近、理由は分からないのですが、寝付きが悪くて」

「ほう。紅魔館での君の仕事内容は激務だと聞く。それでは体がもたないんじゃないか?」

「いえ。時間を止めさえすれば、寝る時間を作ること自体に苦労は無いのです。それでも、なかなか寝付けないあの感覚は、どうしても慣れなくて」

 確かに、そういうものかもしれない。と、霖之助は自分が寝る時のことを思い出しながら、心の中で呟いた。
 それこそ、ここ最近は眠るのに困る……そもそも、霖之助自身は無理に寝ずとも生きること自体に何の問題も無いのだが。それは置いておいて、ここ最近は眠るのに困ることは無かった。
そんな彼でも、寝付けないことのもどかしさは知っていた。
 寝たい。眠りたい。自分の頭の中では繰り返されているのに、全く体がそれに対応してくれない、すれ違いのような感覚。まるで、体だけが自分の物では無いんじゃないのか。といったあの感覚……は、少し言い過ぎだろうか。
 何にせよ、眠りたい時に眠れない。という感覚は耐え難いものだ。ましてや、咲夜は時間を止めることが出来るとはいえ人の身だ。その思いも、霖之助の数倍は強いものだろう。

「ですから、もし安眠を促してくれるような道具があれば紹介していただきたいと」

「事情は良く分かった。年頃の少女が睡眠不足では、色々と問題もあるだろう」

「ええ。肌も荒れちゃいますし、本当に困っています」

 はあ。とため息を漏らしながら自らの頬を撫でる咲夜であったが、霖之助から見て、彼女の肌が荒れている様子は微塵も感じられなかった。見たところ、咲夜は化粧も殆どしていないように見えるので、その見解は間違っていないはずだが。
 まあ、男と少女では、肌への気遣いに差も出るだろう。と、口に出すのは思い止まった。

「まあ、確実に安眠できるかどうかの保証は無いが、睡眠を促す道具だったら幾つか取り扱っている。じっくり見て行くといい」

 言いながら立ち上がり、霖之助は店の奥へ、店内には陳列していない道具を取りに向かった。

 数分もしない内に、霖之助は木箱の中に幾つかの商品を入れて戻ってきた。
 それをカウンターの上に置くと、再び椅子へ腰を下ろす。

「じゃあ、まずはこれを紹介しようか」

 霖之助は、木箱の一番上に置いておいた、片側ともう片側で高低差のある枕のような物を取り出し、カウンターの上に置きながら言った。

「これは・・・枕、ですか?」

 見たままの意見を咲夜が口に出すと、霖之助は頷く。

「そう。この商品の名称は『低反発枕』だ。用途は『安眠を促す』。その名の通り、この枕には、力に対して反発する、という力……分かりやすく言えば、弾力性が殆ど無い。試しに指で押してごらん」

 霖之助に言われるがまま、咲夜はカウンターの上に置かれた枕に指を沈めてみる。すると、枕は咲夜が押した力を全て受け入れるように、ゆっくりと沈んでいく。
 枕から指を離してみると、枕には咲夜の指の跡がはっきりと残り、ゆっくりゆっくりとその形を戻していく。

「これは……なんとも言えない感触ですね」

「そうだろう?この枕は、人の頭の重さを受け入れ沈んでしまうから、高い枕で無いと眠れない。という者には向かない。だが、そうでなければ、枕が自分の頭から肩にかけてまでの形通りに沈んで、体と一体になる。それによって体に余計な負担をかけず、楽な姿勢で安眠ができる、というわけだ」

 霖之助の説明一つ一つに頷きながら、咲夜は指で何回も枕を押す。散々押されているせいで、枕は殆ど隙間が無い、という程に穴ぼこになってしまっている。

「……実際に寝てみないとその辺りは分かりませんが、この感触は気に入りました」

 指の動きを止めることなく言う咲夜を微笑ましく見つめてから、霖之助は別の商品を紹介することにした。

 次に霖之助が箱から取り出したのは、長さ・幅、共に1m程の、やや大きめな布だ。ある程度の厚さもあるようだが、見た目だけで使用方法を推測することは、咲夜にはできなかった。

「この商品の名称は『あったか足元ウォーマー』というらしい。用途は『足元を温める』だね。特に変わった機構があるわけではないが、これを、布団の足元に固定し、この隙間に足を入れて寝ることによって、足冷えを起こさないようにするための道具だ」

 あったか足元ウォーマー、なるやや長い商品名のその布を、ぱかぱかと何度も開閉させながら、霖之助は説明する。

「単純な作りですね」

「まあね。しかし、よくできている。『頭寒足熱』という言葉があってね。人間が快適に、そして健康的に過ごすためには、頭は冷たく、足は暖かくする必要があるという意味だ。この理屈は日常生活だけではなく、睡眠時にも適応される。足元を暖かくするということは、安眠のためには欠かせない、ということだね」

「しかし、足元を暖かくするのはいいとして、頭を冷やすのはどうすればいいんでしょうか。氷を使ってはあまりに寒いでしょうし」

「これは外の世界の文献に載っていた方法なのだが」

 言いながら、霖之助はカウンターの裏に普段から掛けてある、半透明の袋・・・名称『ビニール袋』を1枚取り出した。

「冷水で濡らし、軽く絞ったタオルか何かをこの袋に入れて、頭と枕の間に挟んで寝ればいい。人間の体の熱を抑えるためには、後頭部を冷やすのが一番だからね。この袋は、商品とは別に君にあげよう。どうせ普段は無料で渡す物だし」

「お気遣いありがとうございます。それにしても、相変わらず博識ですね」

 咲夜が素直に感心しながら言うと、霖之助はまた苦笑しながら、

「本を読むのは好きなんだ。……悲しいことに、本を読む時間は無駄にあってね」

 と、自嘲気味に答える。
 そんな霖之助を見て、咲夜もくすくすと笑みをこぼした。

「さて。別の商品だが。これはオススメの一つだ」

 霖之助が次に箱から取り出したのは、花・葉っぱ・星など。様々な形を催した、色とりどりの置物だった。それらの置物には、一つとして欠かさずことなく、小さな糸のような物が飛び出している。

「……これは、もしかしてロウソク、ですか?」

 確信を持ったわけではない。といった調子の声で咲夜が尋ねると、霖之助は満足そうに頷いた。

「その通り。名称『アロマキャンドル』。用途は……まあ、物によってそれぞれ違うんだが。使用方法は、単純に火を点けて、普通のロウソクのように部屋に置けばいい」

「これが安眠と関係があるんですか?」

「もちろん。人の感情という物は、周囲の環境によって左右されることが多い。例えば、人は赤い光を見ると興奮し、青い光を見ると気分が落ち着くらしい。月の光が人を狂気に駆り立たせる、という言葉もあながち間違いじゃないということだ。まあ、狂気については鈴仙が一番詳しいだろうがね」

「寝られない、と客が言っているのに、狂気がどうこうと語るのは失礼じゃないですか?」

少し睨みをきかせた声で咲夜が言うと、霖之助は「失礼」と短く答え、話を続けた。
……この発言は、咲夜の、殆ど無意識と言っていい程小さな嫉妬から生まれた物だったが、まあ、特に気にする必要も無い。霖之助も咲夜自身も、そんなことには気づいていないのだから。

「まあ、視覚だけでもこのような例があるように、嗅覚も、人の感情を左右する大事な感覚なんだ。このアロマキャンドルに火を点けると、明かりが灯るだけではなく、キャンドルの中に含まれた香り成分がその周囲に広がる。その香りを嗅ぐことによって、心を落ち着かせたり、気分を高揚させたりと、様々な精神的作用を促す。今ここに用意したアロマキャンドルは、心を落ち着かせるなど、安眠に役立つような物を選んできたつもりだ」

 一つ一つのキャンドルを手に持ち、様々な角度から眺めている咲夜に対してひと通りの説明を終えると、霖之助はやや前に傾いていた姿勢を戻し、自らの椅子の背もたれに背中を預けた。

「……今、僕が君に紹介できる商品はこんなものかな。お気に入りの品はあったかい?」

 彼が尋ねると、咲夜はキャンドルをゆっくりとカウンターの上に置き、紹介してもらった商品を見回した。

「そうですね。それでは、全て買い取らせていただきます」

 大して悩む様子も無く、あっさりと言ってのけた咲夜に対して、霖之助は思わず目を丸くした。
 そんな反応を見せた霖之助に対し、咲夜は訝しげな表情を浮かべる。

「……折角商品が売れたのに、随分と浮かない顔ですね?」

「あ。いや。もちろん、商品が売れることは喜ばしいことなのだが。もう少しゆっくり考えた方がいいのではないか?」

 少し動揺しながら言う霖之助を見て、咲夜は微笑みを浮かべた。

「いえ。私自身、何故眠れないのか……その原因も分からないので。できることは全て試したいんです。それとも、この商品の中に不良品でもあるのですか?」

「とんでもない。どれも、立派なうちの『商品』だよ。……毎度あり。君が安眠できるよう、心から祈らせてもらうよ」

「そうですね。これだけの商品を買ったのに全く効果が無いのでは、流石にこの店の経営内容に疑いを持たなければならないですし」

「……祈らせてもらうよ。心の底から、ね」

 肝に銘じるように低い声で言うと、咲夜はまた微笑んだ。
 口には自信のある霖之助であるが、この瀟洒なメイドに対して自分が主導権を握ることは不可能だろうな。と、本日何回目か分からない苦笑を浮かべながら、霖之助は漠然と思うのであった。

「それでは、そろそろ館へ戻ります。お会計を」

「ああ。……この箱のままで、いいかな?」

 普段ならば、先ほどのビニール袋に商品を入れて渡すのだが、低反発枕といいあったか足元ウォーマーといい、今回咲夜が購入した商品は、ビニール袋に収めるには大きすぎた。

「ええ。その程度の大きさなら特に問題はありません」

 咲夜の返答を聞いてから木箱に蓋をすると、霖之助は咲夜に商品の金額を告げる。
 その金額を聞いても、特に何の反応を示すことなく、咲夜は自らの財布から、伝えられた金額をそのまま霖之助へと渡す。

「……確かに」

「それでは」

 椅子から立ち上がり、木箱を持つと、咲夜は霖之助へと背中を向ける。

「あ。待ってくれ」

「え?」

 しかし、すぐさま霖之助が咲夜を呼び止め、彼女は振り返った。

「少しだけここで待っていてくれ」

 咲夜にそう伝えると、霖之助は再び店の奥へと入っていってしまった。
 店内に立ち尽くしたまま取り残された咲夜は、はあ。とため息をつくと、カウンターの上に木箱を再び置き、自分も再び椅子へ座った。
 くだらない用事だったら、どんな嫌味を言ってやろう。そんなことを考えながら、咲夜は霖之助を待った。



 そんな咲夜を大して待たせることも無く、霖之助は小さな箱を片手に店内へと戻ってきた。

「何ですか? よほど大事なことを忘れていた、とお見受けしますが」

「そう言われると言い辛いが……大事なことではないんだ。一つ、商品を紹介し忘れていたんだよ」

 そう言いながら、霖之助は咲夜へ、紙で作られた小さな箱を差し出した。
 咲夜はそれをゆっくりと受け取ると、箱へ視線を落とす。

「……『蒸気でアイマスク』?」

「そう。この商品は一つ一つが袋に収納されていて、全て使い捨てなのだが、なかなかに面白い商品でね。このアイマスクを袋から出すと……アイマスクの説明はいるかい?」

「いえ。なんとなくは予想がつきます」

 呆れ気味に、素っ気なく答える咲夜だが、そんな彼女の様子に気づくことなく、霖之助は説明を続ける。

「このアイマスクを袋から出すと、そのアイマスクから文字通り蒸気が出てくる。それを目につけると、蒸気で目の周りが温まってきて、血行が改善されて目元の疲れが取れ、安眠できるという道具だ。僕も一度利用してみたのだが、なかなかの心地良さだったよ」

「はあ。そうですか」

 急に呼び止められたから、一体何事か。と、少しは思っていたからだろう。
特別くだらないことを行っているわけでは無いのに、霖之助の言葉全てがくだらない物に聞こえてきて、咲夜はさして興味も無さそうに答える。
 まあ、自分のことを考えてこのように商品を紹介してくれていること自体は嬉しいことなのだが。それにしても、というか。なんというか。

 少しは、期待もしたのに。

 そんなことを、咲夜は心の中で呟いていた。

「それでは、それも買い取らせていただきます。幾らですか?」

 まるで流れ作業でもしているかのように、何の感情も無く財布を取り出した咲夜を、霖之助は手で制した。

「いや。この商品はサービスだ。新品でも無いしね」

「……くだらないことで足止めさせたお詫びですか?」

 もはや嫌味を全面に押し出して、淡々と咲夜は尋ねる。

「商品自体はとても素晴らしいのだが……。足止めをさせたことが不快だったのならば、謝ろう。しかし、商品そのものが詫び、というわけではないよ」

「それでは、何故?」

もはや欠片も期待することはなく、社交辞令のように尋ねる。


「君が、この店で、『自分の買い物』をしてくれたのは、初めてだからね」


 しかし、霖之助の返答は、そんな咲夜の目を見開かせるような言葉だった。

「いつも、レミリアの使いだとか、パチュリーの使いだとか。……君が、君自身の欲しい商品を買ってくれたことは無かっただろう? 僕には、君が、自分の意志でここに来てくれたことが何より嬉しかった。商品を買ってくれたことよりも、ね。だから、これはサービスなんだ」

 半ば放心しながら霖之助の言葉を聞いていた咲夜へ、彼は、柔らかな笑みを浮かべて言った。

「『レミリア・スカーレットの使い』では無い、『十六夜咲夜』という、新たなお得意様への。……ね」

 その言葉を聞いた咲夜は、しばらくの間、呆然とした表情で霖之助の顔を見つめていた。
 しかし、数秒も経つと意識もハッキリしたらしく、慌てて視線を彼から外す。

 そんな咲夜の頬は、朱色に染まっていた。

「……結局、商売のためですか?」

 言葉自体は少し皮肉がこめられたものだったが、声の調子自体は、とても穏やかな問いかけだ。
 霖之助は、首をゆっくりと横に振る。

「それは誤解だ。君は、『お得意様』なんだ。お得意様が店に来たら喜ぶのが商売人。何も買わなかったとして、それを蔑む商売人などいやしない。いたとしたら、そいつは『商売人』じゃあない。商売ってのは、店主と客の信頼関係も、収入と同じくらい……いや、それ以上に大事な物だ」

 だから、と言葉を区切り、霖之助は頭を下げた。

「またのお越しを」

 姿勢も正しくお辞儀をし、再び顔を上げると、霖之助はまた微笑んだ。

 咲夜は、自らの顔の熱がより一層高まるのを感じた。
何か答えようと口を開くが、まともに言葉は出てこない。ただただ、顔の熱が高まるばかりだ。

「……咲夜? 顔が赤いが、体調でもすぐれないのか?」

遂には、霖之助にそれを悟られた。
 咲夜の熱を測ろうとしているのか、霖之助が、その手を彼女の頭へと差し伸べてくる。
 それを視認した瞬間、咲夜の頭は完全に平静を失ってしまった。

 そして、咲夜が取った行動とは。




「……ん?」

 霖之助が咲夜の額に手を当て、熱を測ろうとした・・・その次の瞬間、彼の目の前から咲夜の姿が消えた。
 直後、店の扉に付けてあるカウベルが鳴り響く。その音に反応して扉を見るが、そこには誰もいない。ただ、扉が開き放たれ、外の様子を確認することができるだけ。

 ……どうやら、咲夜は時間を止め、その間に香霖堂を出ていってしまったようだ。

「……よほど急ぎの用でもあったのか?扉を閉め忘れるとは。・・・悪いことをした」

 扉に歩み寄り、そんな独り言を呟きながら、霖之助は扉を閉めた。カウベルの音が弱々しく店内に鳴り響く。
 しかし、霖之助は笑っていた。満面の笑みではない。口の端をわずかに上げたような、小さな笑み。

「……いつまでも、慣れないな」

 お得意様が、増える。

 その、たまらなく喜ばしい感覚に、しばし、霖之助は酔いしれるのであった。






 自分の部屋の扉を猛烈な勢いで閉め、ベッドまで早足で歩み寄り、その上に、香霖堂から持ち帰った木箱を置く。
 そして、咲夜自身も、そのベッドの上に力なく倒れこんだ。

 ベッドの上で、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
 猛スピードで紅魔館へ戻ってきたため、あれだけ熱かった顔は風によってだいぶ冷やされた。
 しかし、ほんの少し前の光景。そして、耳に入ってきた言葉を思い出すと、先ほどではないにしろ、顔に急激な熱が集まるのを感じて、咲夜はベッドに顔を押し付けた。

 熱が引いてきた頃に顔を上げると、今日買ってきた商品が入っている木箱が目に入る。
 この精神状況で見るべきかどうかをしばし悩んだが、とりあえず、木箱を開けてみることにした。

 木箱の蓋を外し、その中身をベッドの上にぶちまける。そのガサツな動作に、普段の瀟洒なメイド長の威厳は微塵も感じられない。
 ベッドの上に無造作に広がる、安眠グッズ。その中から「低反発枕」を手に取ると、他の商品を枕元へ寄せ、今まで使用していた枕と低反発枕を入れ替え、今度は完全にベッドへと横になる。

 低反発枕は咲夜の頭の重さをそのまま受け止め、その形通りにゆっくりと沈み込む。

……なるほど。確かに、この感覚は、
心地良い。咲夜は、頭に感じる低反発枕の感触に、思わず目を閉じた。

 この「足元あったかウォーマー」も、このベッドに取り付けその中へと足を入れれば、さぞかし暖かいのだろう。

 更には、このアロマキャンドルを焚けばより心は落ち着いて眠りへと近づくことができるに違いない。

 そして、トドメといわんばかりのこのアイマスク。霖之助も絶賛するこのアイマスクを着けて寝れば、睡魔がむしろ望んで押し寄せてくるに違いない。

 普通ならば。

 そう、普通、ならば。

 心の中で繰り返し呟くと、咲夜はむくりと上半身を起こした。
 そして、低反発枕を自らの膝の上に運び、しばしの間それを見つめる。

 霖之助の薦めてくれた、安眠グッズ。その質は、どれも確かな物ばかりで。その効果を、咲夜自身疑うつもりは無かった。

 が。

 この胸の動悸が。

 顔の熱が。

 果たして、咲夜を安眠へと導いてくれるだろうか?

 否。

 答えは、否。

「……眠れるわけ、無いじゃない……!!」

 唸るように言いながら、咲夜は自らの拳を低反発枕へと叩きつけた。
 しかし、低反発枕はその咲夜の拳を柔らかく受け止め、その拳の形に凹むだけであった。

「……まあ。いいわ」

 じわじわと元の形に戻ろうとする低反発枕を見つめながら、咲夜は笑みを浮かべた。

「眠れなかったら、文句を言いましょう。店主さんに」

 それくらいは、許されるはずだ。

 ……だって。

「私は、お得意様、なんだから」

 「一人の少女」として、喜びに満ちた笑顔を浮かべ、朱色に染まった顔で咲夜は呟くのだった。












 あとがき

 花王のアイマスク、本当にオススメです。ぐっすり眠れます。
 原作での咲夜さんは、自分の意思で商品を買うシーンが無かったと思うので、初めての咲夜自身の買い物。というテーマで書いてみました。
 咲夜さんは少し乙女なのが俺のジャスティス。あ、いや、基本的にみんな乙女なんですけどね。俺が書くと。
 思いついてからはそこそこサクサク書けた(気がする)作品。珍しい。


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